トレイルの世界での主流と世の中の大勢と、

初めに、

ハセツネCUP関連記事を書き始めて、4年ほどになる。最初は、トップランナーの速さの解明にばかり現を抜かしていたが、最近は、このレースに関して悪いことばかり見聞きするので、今となっては、このレースを賛辞することなど出来なくなってしまった。

相撲協会の改革ではないけれど、むしろいまはこういったレースから離れて批判的に考えてみるほうが、今後のためにもなるはずだと考えている。
もちろん、トレイルランニングが好きな人にもよい人(人格的に優れた人、尊敬できる人)はいるわけであり、今ではそういった人にかすかに望みを繋いでいる、そんな状況である。

このようなことを書く私のことを「トレイルランニングの敵」であると思っていただいても一向に構わない。「仲間はずれ」にしていただいてもオッケーである。しかし、世の大勢というものは、依然、この競技に理解がなく、登山道を走るなどけしからん!と考えている岳人、一般人も多数いることをお忘れなく。

その意味で、わたしは、あなた方から仲間はずれにされても、依然として世の主流にあり、なにひとつ不自由はしないのである。

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トレイルの世界での主流と世の中の大勢と、

トレイル大会の主催者は、善意で大会を開催しているのかと思いきや、ある大会の主催者の方のお話では、一応、手間賃としてのそれなりの収入を得ているそうだ。
たしかに、家屋敷を担保にいれてまで、こういった大会を開催しようとするほどの善意のある人はまずいないだろう。

O大会での収入が、百数十万円とすると、わたしの住んでいるあきる野市で開催されているあの大会での収入は、・・大会参加費が高いこともあって、春秋の大会で数百万円になるはずだ。

よく、あの大会は赤字であると、情報を流す人がいるが、それは間違いで、O大会主催の方に言わせると赤字であるはずは絶対ないとのこと。

考えてみれば計算のやり方次第で、どんな大会も赤字にさせることが出来る。
すなわち、収益からまず自分達の手取り分を差し引いて、さらに飲食費も差し引いて、さらに大会開催のためのルート整備や、車両代金などの諸費用を差し引いてゆけばほとんどの大会を赤字にさせることが出来る。

例えば、東京に住んでいる人が、信州あたりで大会を開催する場合に、数度の下調べのための往復の交通費や、現地での飲食費なども経費として計上して、収益から差し引けば、どうだろう、大会は赤字とすることが出来るだろう・・。昨今のトレイルブームに於いては、交通費や、飲食費さえもまかなえなかったというほどの赤字というのは、なかなか起こり得ないと考える。

先日といっても、もう一月ほどになるだろうか、日の出山でK山荘のBさんにお会いしたが、そのときに、日原のあのレースが、赤字になってしまい、主催者にちかい方は、経済的にも苦しんでいるようなことをお話になっていた。

この話は、一見、もっともなようだけれど、今から考えるとちょっとおかしい。

主催者は、払い込まれたエントリー料の払い戻しは行わなかったのであるから、追加募集に応募した選手のエントリー料も含めて、500名のエントリー料は丸々手元に残った筈である。レースがスタートされなかったとしても、大会自体は開催されていると考えるべきだろう。レースに参加する選手が、大会当日に払うお金が主催者をそれほど潤すことになるとは考えられない。おまけに、協賛するスポンサーからのいくばくかの収入もあるはずである。

選手のバス利用が減ってバス会社が儲からなかったとか、宿泊がキャンセルされた宿の経営者には、影響が出ただろうが、大会自体には赤字は出なかったと考えるのが筋である。

さらには、事前に行ったルート整備代金、人件費や、ロープ、落下防止のためのネットなどの物資のお金も、当然、費用として計上するのならば、やはり、計算次第で、赤字にさせることが出来る。

エントリー料-(大会主催者の収入、上層スタッフの手当て+ルート整備代金+交通費、飲食費)=この大会も含めて、ほとんどの大会は赤字にさせることが出来る。

そういうことを考えると、Bさんの言っていることはいささか眉唾であるなと考える。

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最近は、こういった大会関係者の言葉を初めから信じないようにしている。

彼らは、その場しのぎの嘘を平気でつくからである。

山登りなどという、遁世的な趣味に現を抜かしていると、人様の言葉を容易に信じてしまいやすくなるが、私はその点、山をやって、かえって人の心の美醜やその口から出る虚実に敏感になって来たと思っている。

例えば、秋川の山々には分岐分岐に、赤+黄色+黒のプラスチック製の標識が打ち込まれているが、これは、ハセツネCUPの関係者が毎年毎年継続的に打ち込んでいるものである。去年の9月に大会事務局に電話を入れて問いただすと、「大会が終わったら引き抜きます」という・・実際は、ルートに行って見れば分かるが、一本も引き抜かれてはいない。(この標識のことをここで記事にしたら、敵もさるもの、最近は、頭まで地中に打ち込んで、赤い頭しか見えないようにしている。いずれにしても、御岳のビジターセンターの職員は、把握していなかった事態である。)

またさらには、例の4月4日の同日開催の件でもそうである、電話をしたら、地元自治会の自治会長が連名で4日にしてほしいと申し込んできたので4日となりましたという、早速、地元の自治会をあたってみるとそういった連名で申し込んだ事実などはないとのこと。これも、そう答えておけば、その場をやり過ごせるといった姿勢のなせる業である。

五日市会館のブース貸しの問題また然り、あきる野市の教育課の担当職員は、法外な対価を持って転貸しているという事実さえも把握してはいなかった、これは、大会主催者の「黙っていればわかりっこないさ」といったアイデアのなせる業である。

こういった大会を主催すると、いろいろな方面から槍玉に挙げられて攻められるので、その場しのぎの防戦をしなければならないのであろうけれど、そうしたその場しのぎを繰り返さざるを得ない、このような大会というのは、やはり根本的に問題なのではないだろうか。

また、若い人が、スタッフとして大会運営に参加して、上のスタッフから、こういったその場しのぎの嘘を平然とつくのを指導されるのかなとも考えると、このような大会主催者というのは、いわば嘘つき養成機関のようなもので、社会的には百害あって一利なしといったところであろう。

まぁ、多少のはったりとか、いつも繰り返される商売上の駆け引き程度の言葉なら受け流せるが、その場しのぎの嘘を繰り返しつくようになってしまっては、こうした人間の、品格自体に問題があるように感じる。

まぁ、だから、こうした大会主催者とそれにまつわる連中というのは、ちょっと「胡散臭い」連中だと考えて、付き合うべきだろう。そのほうが、騙されずに済むはずだ。

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・・とこう書くと、「われわれも霞をたべて生きてゆくわけにも行かないので・・」と開き直った弁解をする向きもいるが、それこそ、正体を明かしたというものだ。まさしく、山稼ぎ人の言辞であろう。

東京都や市町村、はては神社の氏子さんたちが管理している登山道、市道、町道、参道、さらには私道などを使って、大会を開催し、最低限の収益は確保しておいて、あとはせいぜいごみを拾って社会貢献をしたつもりになったり、トレイルランニングの普及を通じて我々は若者の健全な育成を図って社会に貢献しているなどといった大義名分を打ち立てるのは、まさしく自画自賛、傍から見て滑稽の極みである。

こう書いたからといって、自腹で、赤字で、大会を開催すればよいということではない。4人とか、5人とかのグループで山を走るというのならば、植生に与える影響はまだ深刻ではないかもしれない。しかし、これが、10人、15人となると、ちょっと看過出来ない。原生林の中に作られた踏み跡が登山道として利用されている多摩川水源において、先にレースが開催されたが、人数的にあれは問題である。

トレイルランニングが登山道の自然に与える強いインパクトについて、一番よく分かっているのは、ほかならぬトレイルランナーであるはずである。どこかよいフィールドを見つけても、そこでレースをやってみんなで楽しもうというのは、数名ならともかく、10人以上では、問題である。まして、国立公園の中のルートではなおさらである。

にも係わらず、開催してしまうというのは、そういうのを(開催を)思いとどまらせる「何か(いわば一種のブレーキ、抑止させる何か)」を心の中に持たないのであろうか・・。それとも、数年後には、気がついて自ら反省するに至るのであろうか?


※形式的に「国立公園の中だから」問題なのではなく、正確に表現するならば、国立公園として国が指定して保護を図っているほど自然が豊かな場所において、開催することが問題なのである。例えば、かっての多摩ニュータウンのような造成工事が進む工事現場のようなところでレースをやってもこれは一向に構わないだろう。

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いうまでもなく、武道というものには、教育的な側面もあり、それは人間を磨き、人格的な成長も期待しているものである。
剣道も、居合道も、弓道も、柔道も、空手道もどれもこれもそうである。

また、小西さんの所属していた山学同志会は、その名の通り、山を真剣に学ぶ岳人の集まりという意味である。

トレイルランニングの大会で上位に入って名が知れると、いろんなところから声がかかり、小規模ながらも大会が開催できるようになるそうである。今度の日原の大会がそのよい例であろう。

でも、その業界で学ぶのが、「うち等も霞を食べて生きてゆくわけには行かないんでねぇ・・」といった夜店の二の腕に刺青を入れたチンピラ兄ちゃんがモットーとするような台詞だったり、詐欺師のような、その場しのぎの嘘を平然とつきまくることだというのでは、まぁ、こういった連中のやっていることは、武道とか、礼節とか、自分を高めるとか、そういった意識からあまりにかけ離れた恐ろしく低次元にあるといえるだろう。

にもかかわらず、彼らは、ただ足が速いということだけで、自らのその所業を権威付けて、正当化させるつもりなのである。

足を速めることよりも、足元の自然を大切にすること、そして、登山道をいたわること、これらを学ぶべきである。

彼らのなかには、歩行者などは、鈍足で、何人抜いたかの餌ぐらいにしか考えていない向きもあるようだが、心根においてそんな態度をとっているのでは、鎌倉とか、高尾、陣馬とか有名なところからトレイルランナーは締め出されることになろう。

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