Platoon  競技アスリートの「闘争心」について、


Adagio for Strings

この映画は、劇場で二回、数年後に五日市映画祭でもやるというので、普段は映画祭になんか行かないけれどその年はわざわざ出かけて観た。この映像を見ると、この映画の細部までいろいろと思い出します。

この映画を、いわゆる「反戦映画」として解釈する向きが多数だけれど、わたしはこの映画を反戦映画としては観なかった。中学校三年生のときに観たフランシス・コッポラの「地獄の黙示録」よりも、遥かにわたしに影響を与えた映画である。

85年の封切りだから、いま、30歳の人は、当時5歳とかなわけで、・・まさか観てはいないよね。
わたしの住む五日市の近くの福生には横田基地があって、子供心にもベトナム戦争というものを間近に感じていたのかもしれない。

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闘争心について、

レースに出ている人は、人一倍の闘争心を持っているように思う。
わたしも、闘争心は持っているけれど、山の中でひとと争うつもりはない。

街中と違って、山の中では、融和的にありたいといつも思っている。
だから、私は山の中で、闘争心をあらわにすることはしない。

兵士の闘争心と、アスリートの闘争心とは根本的に違うものだと思う。
前者は、生きるか死ぬかの状況で働く闘争心であるけれど、アスリートのそれはそうではない。

自分はというと、私はアスリートの経歴を持たず、アスリートではないので、レースという管理された場面でアスリートが見せる闘争心というものをあまり理解できない。

アスリート・・とりわけ市民アスリートがやっている「競争」というのは、「みんなで仲良く競い合いましょう」といったもの、つまりは、リクリエーションとしての「お遊び」だと感じているので、へそ曲がりの私などは、はなから真剣に取り組めない。・・眠くなってしまう・・苦笑。

その点、岩登りや、沢登りとなると、場面によっては、生きるか死ぬか、となるわけであり、いい加減な心持で取り組めない。こんな風に沢や、岩では、心が覚醒し非常にマジになって取り組むんだけれど、レースとなると、身の危険を感じないので、眠くなる・・。先に行きたい人はお先にどうぞ、わたしは後からゆっくり行きますので、といったところである。

そんな次第なので、僕の心は、レースというものを受け付けないのだと思う。
逆説的にいうならば、人為的なレースで、シリアスになれるのは、ある意味羨ましいといえるかも知れない。

◇ ◇ ◇ ◇

山で、あるいはいろいろな場面で、温厚に振舞う私に、彼ら、市民アスリートは、その「市民的な闘争心」をぶつけて来るわけだけれど、僕はいつも「負けるが勝ちよ」と、いうことで一歩身を引いている。

それに、いちいち張り合って居たんでは、頭が禿げるよ(ゲラゲラ)、まぁ一応、「能ある鷹は爪を隠す」、、ということにしておいて下さい(笑)。・・・お蔭様で、私は、今でも床屋に行ける身の上です(大笑い)。

(>男性諸君、週末にレースにばかり出ていると、男性ホルモンが出っぱなしになって、40代になって頭が禿げるよ!!^^;)

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追補1

レースに出ている人間は、わたしのようなレースに出ない人間のことを「不甲斐ない」やつだと感じているようだけれど、それは、根本的に間違っていて、わたしが「レースに出ない」のは、そういう大人のアソビが出来ないからである。・・そういう心理的な余裕がない。大人のアソビであるトレイルレースに出るぐらいでは、心の充足を得ない、要するに「楽しめない」のである。(一言で言うならば、「トレイルレースでは死に直面しないからである。」)

だから、トレイルレースなんていうものは、奥さんがいて、子供がいて、健康で、アソブための多少の小銭があって、なにか、楽しむことはないかな?・・なんていう連中にうってつけだということだ。暇がある中産階級の大人たちの趣味といえるだろう。そのよい例が、あの代々木RC・・である。

生きるか死ぬかを日々考えて、生死の現実に直面している生活を送っているような人間は、昨今流行のトレイルレースなんかには出ないということだ。

そういった心情を理解できずに、「トレイルレースに出ない人間は不甲斐ないやつだ」なんて考えるのは、それこそそういったトレイルランナーの「人間的な未熟さ、底の浅さ」を例証するものである。

自由な気分!(副題 「さらば、トレイルランニング^^v)

Jetzt bin ich leicht, jetzt fliege ich, jetzt sehe ich mich unter mir, jetzt
tanzt ein Gott durch mich .

Also sprach Zarathusutra.

いまはこの身は軽い。いまはわたしは飛ぶ。いまはわたしはわたしをわたしの下に見る。
いまはひとりの神が、わたしとなって踊る思いだ。

(邦語訳は岩波文庫 氷上英廣訳より引用)

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最近は、路面が濡れている事もあり自転車はすっかりサボっていて、日の出山への駆け登りや、筋力トレーニングが主体となっている。例年、夏場はパフォーマンスが落ちるのであるが、昨日は、蒸し暑く格段にパフォーマンスが落ちてしまった。

さすがに、綿100%のTシャツでは汗だくになってしまうと着心地が悪いので、今日は、青梅の佐藤スポーツにトレーニング用のTシャツを求めに出かける。サイズXL、1800円のTシャツ(佐藤スポーツオリジナル)を三枚購入。

普段山を走っているシューズがだいぶ痛み、ついでにトレイルシューズも合わせてみたのだが、店員さんの見立てでは29cmではきついので、やはり、自分の足に合うのは30cmとなってしまい、そうするといろいろ選べない・・今回は断念する。

パアゴニアのトレイルランニング用のウェアも見てみたが、なるほど、お洒落な色合いで、デザインもよいが値段も高い。一着6000円以上である。今日のトレーニング用のTシャツを三枚買ってもお釣りがくる値段・・。

「レースに出る人は、こういうのを買って、お洒落も楽しみながら走るのかな?」なんて想像してみた。・・だとしたら、それは一種の、大人のアソビであるかも知れないなぁ・・とも感じた。

「命にかかわるような品物、・・登攀具とか、冬季用のウェア、厳冬期用の登山靴などにお金を惜しんではならない。」というのが、小西政継さんの本に書いてあったアドバイスであり、自分もそれに従い、冬山用のウェアや、登山靴にはお金は惜しまない。けれど、夏場のTシャツは、吸汗性と速乾性がそこそこあれば、あとはどれも似たようなものであろう。どうせ、汗みどろになるのであるから、高い品物を買う必要はさらさらない。むしろ、洗い替えのほうが必要だ。

そんなことを思ったら、自分はやっぱり、トレイルレースに手を染めなくって良かった、と安堵の気持ちになった。僕はトレーニングで山を走るけれど、レースには出ない。

カラフルなウェアに身を飾り、エントリー料金を払ってまで、レースに出たいとは思わないし、自分のやりたい登山は、ニーチェに出会った段階からすでに、そういう形態ではないことが運命付けられていたからである。

ハセツネから離れて、ようやく5年ぶりに大常木にも行けた。今後は、トレイルレースからはますます距離を置いて、自分のやるべき登山をしっかりやって行きたいと思っている。

トレイルレースから距離を置くと、トレイルランニングの世界の狭い人間関係(&それが引き起こすゴタゴタ)からも解放されて、本当に自由な気分だ。トレイルランニングの世界というのは、トレイルレースに出ている人たちの世界であり、その世界は狭く、また濃い、パタゴニアのトレイルランニング用ウェアを見て、そんな風に感じてしまった。

僕はレースに出ないので、トレイルランニングの世界に無関係な人間であり、だから、その世界の有名な人(足が速くってレースで優勝するような人)に「頭を下げる」必要はないということ。頭を下げる必要もないし、「彼らを上位(上座)に感じる」必要もないということ。自分を「(足が遅いということで)賤しめ」、「(人間的に尊敬できない人に対して、ただ足が速いというだけのことで)へりくだる」必要もないということだ。

(※ 逆説的にいうならば、トレイルランニングの世界には、足が速い事に価値があるという考えを持っている人がいて、足が速いと、「偉い」とされる。足が遅い人間は、いわば、「下等の人間」であり、足が速い人間に対してへりくだらなければならない。。。とこんな価値観に支配された世界であるといえるだろう。)

振り返って、トレイルランニングの世界には、「親分になりたい人」が沢山いるみたいで、私には、息苦しい世界であった。
そして頭を下げて、同じことをすれば(レースに出れば)、仲間に入れてあげるよ、みたいな感じの人が多かったなぁ・・。

若い人は、レースで優勝して、有名になりたい、経歴を作りたいと欲望をあらわにしている。彼らの多くは、高校や、大学の時に陸上部だったような人が多い、陸上から山に入ったような人は、レース志向から心が離れないのではないか?彼らは、陸上の世界で頭角をあらわせられなかったから、山のレースの世界に来て、有名になろうとしているのだろう。

私より、一回りぐらい上の、50代、60代のランナーは、昔から山を走っているということで、人脈をつくり、若い人から一目置かれ、大会主催者にも顔が効くことを上手に使ってこの世界においてそれなりの地位を欲しているのだろう。

大会主催者は、レース優勝者を子飼いにして、将棋の駒よろしく動かそうと欲している。そして、レースを通じて、市場を牛耳ろうとしている。

企業も、実力があって若いトレイルランナーに近づいて、いろいろ説き伏せて子飼いにして、その後ろで、いろいろ策略をめぐらしている。・・・トレイルランのブームが終わったら、子飼いのランナーは、切り捨てられてしまうのだろうなぁ・・。

要するに、ブームとなり、金が動くところ、百鬼夜行の状況といったところだ。

私は、そんな連中とは一線を画しているので、一銭も・・いつかも書いたようにマクドナルドのハンバーガーを買う金も入ってこないけどね(笑)。

でも、山でお金を稼ぐというのは、昔から「山稼ぎ人」という言葉もあるように、どことなく卑しい、罪深いイメージがあるのではないだろうか?
植村直巳が、自然学校のようなことをはじめたときに植村直巳の夫人は小西政継さんに「本当は、(植村に)趣味の切り売りをしてほしくはない・・」と語ったそうである(小西政継著「僕のザイル仲間たち」の植村直巳さんの章にそう書かれている)。

・・私は、そういうスタンスなので、そうでない連中、趣味を切り売りし、山でお金を稼いでいる連中をいまは、極めて不快に、忌々しく感じているところである。

まぁ、こんな世界で身を立てている連中の書いたもの(ブログ等)など、大会主催者や、スポンサー、目上の選手、及び、顧客にとって耳障りなことなど到底書けるわけがなく(そんなことを書くと、「干される」わけだ・・笑)・・当たり障りがない、調子のよいことしか書いていないので、色眼鏡でしかみられない。(私も、もし、この世界で金を稼ぎたいと思うのならば、本音などは一切書かず、おべっかを使って、バランス感覚?に優れた、当たり障りのない内容の記事を書くことだろう・・。そうすると、富士山でビールを飲むぐらいの金は入るのかな?)

そういう点で、彼らは嘘つきであり、しかも、平然と嘘を書くので極めて性質(たち)が悪い。
(そのくせ、トレイル雑誌には、そんな彼らがカッコよく掲載されているんだけれどね。)

もちろん、ここに書いたようなことをレースに出るトレイルランナー諸君は、ゆめゆめ書いてはならない、こんなことを書くと危険人物としてマークされ、あの「鏑木毅さんを囲む会」とかにも招待されなくなってしまうだろう・・苦笑

されど、「危険人物」というのは果たしてどっちだろう、・・2000人もの参加者を集って登山道を使ったレースを開催しようとしている連中のほうが、「社会的に見てよほど危険人物」なのではないだろうか?

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話がかなり脱線したが、僕は小西政継さんがいう「チョロチョロハイク」・・わずか数キロの荷物を背負って走り回ることが(トレーニングとしてはともかく)、本命の登山スタイルとして素晴らしいことだとは思っていないので、彼らのやっていることとは一線を画しているし、これからもそうだろう。

流行に左右されずに、普遍的な価値、・・いつまでも変らない、クラッシックで、先鋭的な登山の価値を追及してゆくことにしよう。

Summer of ’69

梅雨の鬱憤晴らしに、次の曲をどーぞ!

Standin‘ on your mama’s porch
You told me that you’d wait forever
Oh and when you held my hand
I knew that it was now or never
Those were the best days of my life

Back in the summer of ’69

ランドネ=land + ねーちゃん?

女性のアウトドア雑誌で、ランドネなるものがあるそうだ。この手の雑誌は一切見ないので、どういうものなのか分からない。

山ガール?なる言葉もあるらしいが、わたしが山で出くわすのは、オバちゃん(要するに、「山おんな」の進化形のヤマンバ、山姥)ばっかりなので、うら若い女性の間でアウトドアがブームになっているとは、にわかには信じがたい(否むしろ到底、信じられない)。

それはさておき、秋のハセツネに出場する女性ランナーの数は、全エントリーの一割に過ぎずおよそ200人ほどである。ハセツネ30Kの出走者についても、女性ランナーはたしか110名ほど、青梅高水の30Kの部も女性ランナーはそのくらいである。これに引き換え、青梅高水の15Kの部の女性エントリーは、200名を超えている。

大雑把な推論であるが、ここからいえることは、つまり、平均的な女性トレイルランナーは、あんまり長い距離には出場しない傾向にあるといえるのではないか?30Kというのも、エントリー数の比較からいうと、女性にとっては「ちょっと考える距離」であるようだ。

確かに、中には、TJARやUTMBに出る男性顔負けの女性ランナーもいらっしゃいますが、そういった「超」長距離レースに出場しようという女性は、男性ランナーより遥かに遥かに出現率が低い。

こんな次第なので、もし女性にターゲットを絞ったトレイル大会を開催するならば、距離はせいぜい15キロとかに抑えておくほうが、無難だろう。(もちろん、私は大会は嫌いではあるが・・。)

と同時に、雑誌などで女性も走れるトレイルコースを紹介する場合は、せいぜい15キロ、長くて20キロで、ゆっくり休み休み走って4時間~5時間ぐらいで切り上げられるコースレイアウトを考えて紹介するのが「取り組みやすいルート」として歓迎されるのではないだろうか?

女性トレイルランナーでもしそうだとするならば、「ランドねーちゃん」にお勧めのハイキングコースも、せいぜい15キロぐらいが無難で、あとは、ルートの付加価値(つまり、食事処とか、甘味処とか、温泉とか、)がそのルートの人気を左右することになるはずだ。

ここの過去記事にも書いたが、わが国のトレイルの大会は長距離化が進み、世界レベルの100マイル(大雑把160キロ)に近づきつつある。でも、長くすれば長くするほどに一般の女性ランナーの参加は減ると考えられる。71.5キロのハセツネでも1割なのですから、それ以下となるだろう。そしてこれは、マーケット的には、失敗である。

鏑木さんがUTMBで上位になって、氏を応援する女性は世に沢山いても、あとに続こう(自分もゆくゆくは参加して160キロ走ってみよう!)という女性は少ない(ほとんどいない)はずだ。

ここら辺を、各種大会のスポンサーとなっているスポーツ関連会社に勤めている人はよくよく考えるべきである。

晴天を待つ、

2005年11月撮影 モリ尾根下部から、西に奥秩父主脈を望む

あと二週間もすると、あのトムラウシの事故から一年となる。ここの記事では、7月にはいってトムラウシ関係がアクセスの上位を占めているが、それらにアクセスしているのは、多分マスコミ関係の方々であろう。

さて、当方、最後に山らしい山に出かけたのは6月の13日の大常木である。以来、3週間、週末は野暮用で潰れている。(もちろん、日々のトレーニングは怠ってはいないが・・。)

そろそろ、大常木のクスリが切れてきたので、近々また出かけることにしよう。

天気予報欄を覗くのだが、まだしばらくは曇りと雨のマークばかりで、嫌になってしまう。

梅ノ木峠から夕景

2006年7月13日撮影

今の時期は素晴らしい夕焼けに恵まれる時期でもあるんだけれど、今年は今ひとつよい夕焼けの日がない。これは、2006年7月13日に撮影したものだが、その後4年経ったけれど、これに似た夕焼けに出会ったことはない。こういう風景との出会いは、一期一会なのかも知れない。

パスワード保護してある記事から画像をひとつ引っ張り出して、記事にしてみました。みなさま、よい週末をお過ごしください。

日曜日は、北丹沢がありますね。応援したい人も出るのですが、応援に行くには、ちょっと遠いので(片道50k)止めておきましょう。

画面右下の山は本仁田山です。本仁田山の奥の谷あいは、日原の渓谷となります。画面からは見えませんが、日原のさらに西には和名倉があって、雁坂峠があって、奥秩父主脈のかなたに陽が沈みます。

明日から7月


クドレ沢の右俣、五郎滝

さて、明日から7月に入りますが、いくつかお知らせです。

1 まず、ハセツネとトムラウシの記事はもう書きません。これからはここを純粋な山のWebSiteにしてゆきたいと思います。
ハセツネに関しては、果たして今年は上手く開催できるでしょうか?それとも開催が危ぶまれましょうか?なかなか見ものであります。
トムラウシに関しては、ここは私の個人的なWebSiteですので、あまり見ず知らずの方々に覗き見されるのはもう結構、といったところです。じきに刑事裁判が始まって、ツアー会社やガイドの方は罪を問われることになりましょうから、それを遠くから眺めることにします。

2 次に、夜間は閉鎖するかもしれません。記事をご覧になるのは、日中から、夜の11時ごろまででお願いします。夜間は皆さん睡眠をとらねばいけませんよ。

3 基本的に山に出かけられたら記事を作るペースにします。ただ、なかなか毎週毎週週末ごとに山に遊びに行ける身の上ではありませんし、いちいち週末は何処に行ったぁの、あそこに行ったぁの、と(見ず知らずの、ロムってばかりの!^^)皆様にご報告する義務はないのでして、面倒臭いからもう記事は作らないかもしれません。

いずれにしても、人気がありますハセツネとトムラウシ関連記事で、世間の皆様のお役には十分立てたと自負しておりますので、これからは自分の好きにさせていただきます。つまり、ここを開けるも、閉じるも、記事を削除してしまうのもすべて私の一存で、やらせていただきます。

4 私が削除してしまう前に、保存しておきたい記事がもしございましたら、保存されておくことをお勧めいたします。(今を思えば、exblogで掲載していた、700枚以上の写真データと、半年以上の週末を費やした現地のルート調査の成果であるあのルート紹介の記事さえも削除してしまったのですから、その気になったらトムラウシの記事だっていずれは「社会的な役割が終了した」といった理由で削除してしまうことでしょう。・・もっとも、それは刑事裁判が終わって、刑が確定してから、つまりかなり先の話です。^^;)

以上、こんなところです。


※ 7月より、過去の登山関連記事に関して、原則パスワードによる制限公開としましたが、山の記事は、あまり(にも!)人気がないので、一般公開にしてもほとんど影響がないと考え直しました。そこで、登山関連記事も公開することとし、ごく一部の記事のみ例外的に制限公開としました(7月7日 追記)。

※ 330を超える記事を33ページに掲載し、閲覧しやすいようにそれぞれのページを入念にチェックしました。これでようやく、exblog からの移行も正式に完了といったところです(7月8日 追記)。