2周年を迎えて、

あの頃の古い車で、砂埃りけって、
走り出そう、太陽の町へ、

ラジオのボリュームあげて、人目気にして、
昔みたいに 話が途切れたら、キスして

ZARD  見つめていたいね、

ここを開設したのが、2008年の7月25日だから、明日で2周年になります。ひとつの区切りとして、これまで私が開設しては廃絶してしまった幾つかのWebSiteのことをなんかを振り返っておきます。

自宅にインターネットの環境が整ったのが、2000年の夏の話、その頃から主に地元奥多摩の登山関連のWebSiteをちょくちょく覗かせていただき、自分でも、簡単な(というか、「粗末な」)・・有料の画像掲示板を繋ぎ合わせたような簡易ホームページを作っていました。その頃作ったお粗末WebSiteの名前で思い出すのが、「奥秩父通信」であり、「牛王院平にて、」である。内容的には、当時は、藪尾根ルートの紹介がメインであったように覚えている。また、その頃の画像データはほとんど抹消してしまったのでいまは残っていません。

2004年頃から、わが国でもBlogが流行りだし、html言語に詳しくない私のようなものでも既成のテーマにあれこれ手を入れることで、そこそこ見栄えがするWebSiteを作り上げることが可能となった。

ふとしたことで出くわしたexblogで、ichinose.exblog.jpを作り始めたのが、2005年の10月で、そこのプラットフォームは使い勝手がよかったので、つい先日まで愛用させていただいた。exblog版の「甲武相山の旅」では、当初は、藪尾根歩きや、ヴァリエーションルート登山を主に記載したが、その後、ハセツネ関連記事や、トレイルランニング関連記事が中心となり。そこそこ好評?を博し、およそ5年で、18万5千ほどのアクセスをいただいたように思う。

ここsubeight.wordpress.comにて公開してある登山関連の記事は、exblogにて公開していた記事をこちらに移したもので、ほとんどがここ4年~5年の登山記事がベースとなっています。

私は、基本的につまらない記事、内容が一定のレベルに達していない記事は削除してエッセンスのみ残してゆく方針なので、これまで、exblogにて書き上げた記事は、1000を悠に超えるであろうけれど、それらを厳選して450ほどに絞りました。更に、6月のexblogからの移行に伴って、一層取捨選別し、ここには、現在340記事を掲載してあります。

最近は、山登りをたしなむ方が増えてきているようですが、私は逆に、ここ数年、時間的な余裕や心理的な余裕がなく、のんびりと一泊、数泊しての登山からすっかり足が遠のいています。愛車であったパジェロがディーゼルの規制で乗れなくなり、林道を駆使しての積雪期の登山もここ数年お預けとなっています。

そんな感じで、近場の奥多摩や、日帰り圏内の奥秩父東部での登山しか行っていないので、アルプスなどの記事はここには掲載してありません。ですので、八ヶ岳や南北アルプスを目指し、それらのルート情報を知りたいという方には全然役に立たないでしょう。

おまけに、近場のルートは、沢登りや藪尾根が中心で、たまに出かける奥秩父のルートは、著名ルート以外は記事を作って公開しない方針なので、まったくたいした記事は掲載しておりません。

ここ2年間は、かなりの時間を、時には、トレーニングの時間、自分の山に行く時間さえも犠牲にして、「ハセツネの考究」と「トムラウシの例の山岳遭難事故」に割きましたが、その過程で自分が楽しめたかといえば、自分はちっとも楽しくはなく、ただ人様のお役に立てただけかなと考えています。

そもそも登山は私にとって気分転換の趣味であり、レクリエーションの機会なんですから、自分が楽しくてなんぼでありましょう、ですので、もうそういうことはしません。今後は、私のプライベートな登山の時間を大切にするとともに、ここは私個人のささやかな登山のWebSiteとして細々と運営してゆこうと考えております。

2010年7月24日 silvaplauna

現場主義

最近は、自分と同世代や一回りぐらい若い方と山に行く機会に恵まれて、実際の登山のほうが楽しくなり、相対的にここで記事を作成し公開しようという熱意が薄れて来ている。記事を作成し、公開してもロムりの方がほとんどであるし、それよりも実際の山の現場で、あれこれ沢や尾根を一緒に登ったほうが、遥かに生きた知識を伝えることが出来るし、また山の体験を共有することも出来るからである。

ここで、文章でいくら表現するよりも、沢とか藪尾根をひとつ一緒に登ったほうが、現場の感覚を養うことが出来るのである。そういう意味では、私は、現場主義の人間であるようだ。

さて、そういう登山に出かける前は、登山に神経を集中するためにここは一時的に閉鎖することにしようと思う。精神の集中というのは、大切なことで、いろんなミスを防ぐ上でも重要なことだからだ。

ワラズ尾根 4月18日
tomo2010さん、かげマルッツ塾長と一緒に登ったルート、私は重荷と膝痛で、遅れをとりました・・苦笑

大常木谷 6月13日
かげマルッツ塾長と二人で出かける、渓流に不慣れな塾長のおかげで、リードでき、名誉挽回出来ました・・笑

Platoon  競技アスリートの「闘争心」について、


Adagio for Strings

この映画は、劇場で二回、数年後に五日市映画祭でもやるというので、普段は映画祭になんか行かないけれどその年はわざわざ出かけて観た。この映像を見ると、この映画の細部までいろいろと思い出します。

この映画を、いわゆる「反戦映画」として解釈する向きが多数だけれど、わたしはこの映画を反戦映画としては観なかった。中学校三年生のときに観たフランシス・コッポラの「地獄の黙示録」よりも、遥かにわたしに影響を与えた映画である。

85年の封切りだから、いま、30歳の人は、当時5歳とかなわけで、・・まさか観てはいないよね。
わたしの住む五日市の近くの福生には横田基地があって、子供心にもベトナム戦争というものを間近に感じていたのかもしれない。

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闘争心について、

レースに出ている人は、人一倍の闘争心を持っているように思う。
わたしも、闘争心は持っているけれど、山の中でひとと争うつもりはない。

街中と違って、山の中では、融和的にありたいといつも思っている。
だから、私は山の中で、闘争心をあらわにすることはしない。

兵士の闘争心と、アスリートの闘争心とは根本的に違うものだと思う。
前者は、生きるか死ぬかの状況で働く闘争心であるけれど、アスリートのそれはそうではない。

自分はというと、私はアスリートの経歴を持たず、アスリートではないので、レースという管理された場面でアスリートが見せる闘争心というものをあまり理解できない。

アスリート・・とりわけ市民アスリートがやっている「競争」というのは、「みんなで仲良く競い合いましょう」といったもの、つまりは、リクリエーションとしての「お遊び」だと感じているので、へそ曲がりの私などは、はなから真剣に取り組めない。・・眠くなってしまう・・苦笑。

その点、岩登りや、沢登りとなると、場面によっては、生きるか死ぬか、となるわけであり、いい加減な心持で取り組めない。こんな風に沢や、岩では、心が覚醒し非常にマジになって取り組むんだけれど、レースとなると、身の危険を感じないので、眠くなる・・。先に行きたい人はお先にどうぞ、わたしは後からゆっくり行きますので、といったところである。

そんな次第なので、僕の心は、レースというものを受け付けないのだと思う。
逆説的にいうならば、人為的なレースで、シリアスになれるのは、ある意味羨ましいといえるかも知れない。

◇ ◇ ◇ ◇

山で、あるいはいろいろな場面で、温厚に振舞う私に、彼ら、市民アスリートは、その「市民的な闘争心」をぶつけて来るわけだけれど、僕はいつも「負けるが勝ちよ」と、いうことで一歩身を引いている。

それに、いちいち張り合って居たんでは、頭が禿げるよ(ゲラゲラ)、まぁ一応、「能ある鷹は爪を隠す」、、ということにしておいて下さい(笑)。・・・お蔭様で、私は、今でも床屋に行ける身の上です(大笑い)。

(>男性諸君、週末にレースにばかり出ていると、男性ホルモンが出っぱなしになって、40代になって頭が禿げるよ!!^^;)

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追補1

レースに出ている人間は、わたしのようなレースに出ない人間のことを「不甲斐ない」やつだと感じているようだけれど、それは、根本的に間違っていて、わたしが「レースに出ない」のは、そういう大人のアソビが出来ないからである。・・そういう心理的な余裕がない。大人のアソビであるトレイルレースに出るぐらいでは、心の充足を得ない、要するに「楽しめない」のである。(一言で言うならば、「トレイルレースでは死に直面しないからである。」)

だから、トレイルレースなんていうものは、奥さんがいて、子供がいて、健康で、アソブための多少の小銭があって、なにか、楽しむことはないかな?・・なんていう連中にうってつけだということだ。暇がある中産階級の大人たちの趣味といえるだろう。そのよい例が、あの代々木RC・・である。

生きるか死ぬかを日々考えて、生死の現実に直面している生活を送っているような人間は、昨今流行のトレイルレースなんかには出ないということだ。

そういった心情を理解できずに、「トレイルレースに出ない人間は不甲斐ないやつだ」なんて考えるのは、それこそそういったトレイルランナーの「人間的な未熟さ、底の浅さ」を例証するものである。

ランドネ=land + ねーちゃん?

女性のアウトドア雑誌で、ランドネなるものがあるそうだ。この手の雑誌は一切見ないので、どういうものなのか分からない。

山ガール?なる言葉もあるらしいが、わたしが山で出くわすのは、オバちゃん(要するに、「山おんな」の進化形のヤマンバ、山姥)ばっかりなので、うら若い女性の間でアウトドアがブームになっているとは、にわかには信じがたい(否むしろ到底、信じられない)。

それはさておき、秋のハセツネに出場する女性ランナーの数は、全エントリーの一割に過ぎずおよそ200人ほどである。ハセツネ30Kの出走者についても、女性ランナーはたしか110名ほど、青梅高水の30Kの部も女性ランナーはそのくらいである。これに引き換え、青梅高水の15Kの部の女性エントリーは、200名を超えている。

大雑把な推論であるが、ここからいえることは、つまり、平均的な女性トレイルランナーは、あんまり長い距離には出場しない傾向にあるといえるのではないか?30Kというのも、エントリー数の比較からいうと、女性にとっては「ちょっと考える距離」であるようだ。

確かに、中には、TJARやUTMBに出る男性顔負けの女性ランナーもいらっしゃいますが、そういった「超」長距離レースに出場しようという女性は、男性ランナーより遥かに遥かに出現率が低い。

こんな次第なので、もし女性にターゲットを絞ったトレイル大会を開催するならば、距離はせいぜい15キロとかに抑えておくほうが、無難だろう。(もちろん、私は大会は嫌いではあるが・・。)

と同時に、雑誌などで女性も走れるトレイルコースを紹介する場合は、せいぜい15キロ、長くて20キロで、ゆっくり休み休み走って4時間~5時間ぐらいで切り上げられるコースレイアウトを考えて紹介するのが「取り組みやすいルート」として歓迎されるのではないだろうか?

女性トレイルランナーでもしそうだとするならば、「ランドねーちゃん」にお勧めのハイキングコースも、せいぜい15キロぐらいが無難で、あとは、ルートの付加価値(つまり、食事処とか、甘味処とか、温泉とか、)がそのルートの人気を左右することになるはずだ。

ここの過去記事にも書いたが、わが国のトレイルの大会は長距離化が進み、世界レベルの100マイル(大雑把160キロ)に近づきつつある。でも、長くすれば長くするほどに一般の女性ランナーの参加は減ると考えられる。71.5キロのハセツネでも1割なのですから、それ以下となるだろう。そしてこれは、マーケット的には、失敗である。

鏑木さんがUTMBで上位になって、氏を応援する女性は世に沢山いても、あとに続こう(自分もゆくゆくは参加して160キロ走ってみよう!)という女性は少ない(ほとんどいない)はずだ。

ここら辺を、各種大会のスポンサーとなっているスポーツ関連会社に勤めている人はよくよく考えるべきである。

晴天を待つ、

2005年11月撮影 モリ尾根下部から、西に奥秩父主脈を望む

あと二週間もすると、あのトムラウシの事故から一年となる。ここの記事では、7月にはいってトムラウシ関係がアクセスの上位を占めているが、それらにアクセスしているのは、多分マスコミ関係の方々であろう。

さて、当方、最後に山らしい山に出かけたのは6月の13日の大常木である。以来、3週間、週末は野暮用で潰れている。(もちろん、日々のトレーニングは怠ってはいないが・・。)

そろそろ、大常木のクスリが切れてきたので、近々また出かけることにしよう。

天気予報欄を覗くのだが、まだしばらくは曇りと雨のマークばかりで、嫌になってしまう。

明日から7月


クドレ沢の右俣、五郎滝

さて、明日から7月に入りますが、いくつかお知らせです。

1 まず、ハセツネとトムラウシの記事はもう書きません。これからはここを純粋な山のWebSiteにしてゆきたいと思います。
ハセツネに関しては、果たして今年は上手く開催できるでしょうか?それとも開催が危ぶまれましょうか?なかなか見ものであります。
トムラウシに関しては、ここは私の個人的なWebSiteですので、あまり見ず知らずの方々に覗き見されるのはもう結構、といったところです。じきに刑事裁判が始まって、ツアー会社やガイドの方は罪を問われることになりましょうから、それを遠くから眺めることにします。

2 次に、夜間は閉鎖するかもしれません。記事をご覧になるのは、日中から、夜の11時ごろまででお願いします。夜間は皆さん睡眠をとらねばいけませんよ。

3 基本的に山に出かけられたら記事を作るペースにします。ただ、なかなか毎週毎週週末ごとに山に遊びに行ける身の上ではありませんし、いちいち週末は何処に行ったぁの、あそこに行ったぁの、と(見ず知らずの、ロムってばかりの!^^)皆様にご報告する義務はないのでして、面倒臭いからもう記事は作らないかもしれません。

いずれにしても、人気がありますハセツネとトムラウシ関連記事で、世間の皆様のお役には十分立てたと自負しておりますので、これからは自分の好きにさせていただきます。つまり、ここを開けるも、閉じるも、記事を削除してしまうのもすべて私の一存で、やらせていただきます。

4 私が削除してしまう前に、保存しておきたい記事がもしございましたら、保存されておくことをお勧めいたします。(今を思えば、exblogで掲載していた、700枚以上の写真データと、半年以上の週末を費やした現地のルート調査の成果であるあのルート紹介の記事さえも削除してしまったのですから、その気になったらトムラウシの記事だっていずれは「社会的な役割が終了した」といった理由で削除してしまうことでしょう。・・もっとも、それは刑事裁判が終わって、刑が確定してから、つまりかなり先の話です。^^;)

以上、こんなところです。


※ 7月より、過去の登山関連記事に関して、原則パスワードによる制限公開としましたが、山の記事は、あまり(にも!)人気がないので、一般公開にしてもほとんど影響がないと考え直しました。そこで、登山関連記事も公開することとし、ごく一部の記事のみ例外的に制限公開としました(7月7日 追記)。

※ 330を超える記事を33ページに掲載し、閲覧しやすいようにそれぞれのページを入念にチェックしました。これでようやく、exblog からの移行も正式に完了といったところです(7月8日 追記)。

山にいざなうもの、

秋の牛王院平にて、

ここで人気があるのは、例のハセツネCUPの分析記事と、トムラウシ山岳遭難関連記事であるようだ。しかし、それらの記事は、私にとってすでに過去の記事であり、また「本質的な」記事ではない。

exblog上には、あのレースのルートを紹介した膨大な写真データと地理情報データをあわせたルート分析記事を掲載していた。けれども、exblogからの移行の際に、それらはすべて削除してしまった。・・私にとってはもはや何の価値もない記事だったからである。(それにいつまでも残しておくのは未練がましい・・。)

社会的な貢献、という意味では、ハセツネCUPの分析記事は、世のトレイルランニング愛好家の諸君に多少なりとも役に立ったものと自負している。もちろん、よい意味でも、悪い意味でもである。

カテゴリーをご覧いただけると一目瞭然であるが、このレースの分析記事、すなわち、如何にすれば、速く走り抜けられるのか、その方法論を説明するとともに、このレースが抱えているさまざまな問題点も見聞したものを洗いざらい書き上げている。・・あのレースに参加して、良いタイムを狙いたい方にも、トレイルランナーが大嫌いで、あのレースを叩き潰したい方、いずれの方にもお役に立てる情報である。

また、トムラウシ山岳遭難関連記事でもまた然り、・・この記事についても、実に膨大な時間を掛けて記事を作成したが、蓋を開けてみてガッカリしたところが多々あり、もう書くつもりはないし、刑事裁判の開始と動向を見守ってゆこう、といったところである。

ここのところいろいろと過去の記事を読み直してきたのだが、今までの記事にはあまりにも人と争い、自己主張し、また批判する記事、すなわち「抗争性の強い記事」が多いのを、少々反省している。(もっとも、生臭さ漂う「政治的なこと」、「宗教的なこと」は一切書いていないので、その点はすこしはマシかなとも思っている。)

今後は、これらハセツネとも、トムラウシともおさらばして、コースアウトしていた軌道を修正してゆこうと思っている。

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山にいざなうもの、

僕が山登りを始めたのは、高校生のときに、F.W.Nietzscheの思想に出会って、その影響を深く受けたからである。
風や、気温や、陽光、湿度の加減、森や湖、それらの展望、など等、これらはどれも人の物の見方、考え方の形成に深く係わっている。
さらに、高い山でのそれらは何よりもまして五感を刺激する。
ニーチェ自身、海抜高度6000フィートに位置する風光明媚なシルス・マリーアをこよなく愛し、そこであの永劫回帰の思想を得ているのである。
彼も自から語っているように、1881年の8月上旬、シルヴァプラーナの湖畔を散策する彼に、かの永劫回帰の思想が訪れたのである。

また著書 Also Sprach Zarathustra では、主人公は、30歳で、故郷を離れ、山奥に入るというくだりから始まる。

Als Zarathustra dreißig Jahre alt war , verließ er seine Heimat und den See seiner Heimat und ging in das Gebirge . Hier genoß er seines Geistes und seiner Einsamkeit und wurde dessen zehn Jahre nicht müde .

こんな風に、ニーチェの思想に惹かれ、しかも、ニーチェの書いたものを単に字面で考えて研究するのではなく、自分が直接「体感して」理解し、自分なりに解釈する。そして、ひいては、彼の独特な発想方法さえも自分のものにしてしまおうという強い願望が、私を自然の中へ、森に、そして山岳に導いたのである。

そして、森や山の中で、彼の着想方法を私なりに「体現」してみようといろいろ試みてきた。

さらに、高い山に行けば、そこでの風景や、冷たい気温、吹き付ける風や、なによりも高山の自然の雰囲気が、更なる思索のヒントを私に与えてくれて、私をさらに高めてくれるはずだと、期待してきたのであった。そしてこの期待は今でも変らず、現在でも強くそのように期待しているのである。

もしこれが、デカルトや、パスカル、あるいは、カントや、ヘーゲルあたりに耽溺していたのだったら、私は多分、現在、登山はしていなかっただろうと考えている。そういった哲学者に傾倒していた場合には、体を動かすにしても、テニスとか、ゴルフとか、きっとなにか他のスポーツをしていただろう。

ニーチェに出会ったばかりの高校生の頃などは、山岳部の友人が夏山合宿に行くといって、でっかいキスリングを教室に背負ってきて、駅のホームで、合宿に向かう連中が夏の暑いさなか大きなキスリングをめいめい背負って電車を待っている風景をちょっと異様な光景と見ていたものだ。

あの頃は、加藤保男が冬のエベレストで消息を絶ってもなんとも思わなかったし(1982年12月27日)、まさか、10年後に自分が同じキスリングを背負って歩荷トレーニングを始めるなどとは夢にも考えなかった。

こんな風に、私を山に導いたのは、F.W.ニーチェの思想である。

初めに、ニーチェの永劫回帰の思想あり、で私の山は始まり、奥秩父の先蹤者達も、小西政継さんのアルピニズムも、すべては山を始めたあとに出会った人や思想である。

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海抜6000フィート、またさらに高く一切の人間的事物を超えて!———

次に、ニーチェの草稿メモを引用しよう、訳は岩波文庫の「ツァラトゥストラはこう言った。」を訳した氷上英廣氏である。その前に、ニーチェ自身がその著書「この人を見よ」にて、このインスピレーションについて語っている部分についても引用する。

「この人を見よ」 より 引用

さて、いよいよ「ツァラトゥストラ」の歴史を物語ることになる。この作品の根本着想、すなわち永遠回帰の思想、このおよそ到達しうるかぎりの最高の方程式は、__1881年8月のものである。
この思想は一枚の紙片に走り書きされ、「人間と時間を超えること6000フィート」と付記されている。
その日、私はシルヴァプラーナの湖畔の森の中を歩いていった。 ズルライから程遠からぬところにあるピラミッド型にそそり立った巨岩のそばで、私は歩みをとめた。 そのときである。 この思想が私を訪れたのは。

等しきものの永遠回帰

草案(Entwurt)

1、 もろもろの根本的迷妄の体現(Einverleibung)

2、 もろもろの情熱の体現

3、 知識と断念的知識の体現(認識の情熱)

4、 無垢の者(Der Unschuldige 負い目なき者)。 実験者としての個体。 生の安易化、低化、弱化、—– 移りゆき。
5、 新しい重し—–等しきものの永遠回帰。 われわれの知識、迷妄、もろもろの習慣、生活の仕方が来るべきすべてのものたちにとって無限に重要であること。 われわれはこの人生の残りをもって何をするのか、—–人生の大部分を本質的な無知のなかで過ごしてきたわれわれは? われわれはこの教説を説く、—–それは、この教説をわれわれ自身に体現させるもっとも強力な手段である。最も偉大な教説の師となることでのわれわれの流儀の至福。

1881年8月初旬、シルス・マリーアにて、
海抜6000フィート、またさらに高く一切の人間的事物を超えて!———

参考

シルス・マリーア
スイス政府観光局のホームページより、Sils-maria
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