☆ 手懐(てなず)けられた市民トレイルランナー

※ 二つのことをひとつの記事に書いておきます。

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☆ 鏑木毅さんを囲む会について、

鏑木毅氏を囲む会が、先週都内で開かれたそうである。

幾つかのWebSiteを拝見して参加しているメンバーをチェックすると、これまで通り、群馬県のえくんちょさんを中心とする鏑木企画関連の仲間達が招待されているようである。で、去年と同じく、長谷川恒男夫人も招待された模様である。ここら辺は、去年どおりなので、不問に付しておこう。

今年、意外に感じたのは、招待客の中にハセツネクラブの中核メンバーがいることだ。

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☆ Trail Race Syndrome

先日、鏑木毅さんのブログを拝見したら「自立したトレイルランナー」という言葉が使われていた。
その言葉が使われている一文を拝見して、とてもよい言葉だなと感じた。

以下の用い方は、鏑木さんのお使いになっている概念内容とは、多少違うかもしれないが、これにヒントを得て、以下のように区分けしてみよう。

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☆企業モデルとしてのトレイル大会

最近のハセツネCUPは商業的色彩が極めて強い、わたしはそれを登山道の商業的利用を禁止するべきと言う観点から批判しているのであるが、冷静に考えて、それならば、営利企業の経営者の頭でトレイル大会主催者の発想を読み解けないか、と考えた。

例えば、①市場で対立する企業に対しては潰しにかかって市場の単独占有(モノポリー)を目指す。また、②子会社を使って他地域での市場の拡大を目指す。さらに、③自らの価値基準を市場のスタンダードたらしめる。・・こういった行動は普段よく目にし、また耳にする営利企業の経営戦略である。

トレイルランニングの世界におけるハセツネのネームバリューを考えると、③はすでに成功している。ハセツネで上位の結果を出さねば、その選手は、一流トレイルランナーと認められないといった(暗黙の)価値基準が出来上がってしまっている。

さらに、今回の、青梅高水との同日開催は、①に該当するだろう。

では、②はどうか??
東京都には、秋川水系の山々と多摩川水系の青梅市、奥多摩町の山々があり、秋川水系の山はハセツネが使っている。多摩川水系のうち青梅市の山は、KFCが使用し、現在、奥多摩町の山はトレイルレースには手付かずである。 
残されたこの山域は、誰が使うのか?
18日に行われる日原のレースが、②とならないかが懸念される。

いずれにしても、奥多摩の山を舞台に営利企業顔負けの経営戦略活動をやってもらうのは困るのである。

付言

③について、さらに論ずると、業界スタンダードを維持せんが為に、具体的には、ハセツネがわが国のトレイルレースの最高峰であるというテーゼを共有し、維持できるように、各種メディアによる宣伝広告を意図的に行うとともに、有名選手のハセツネへの招聘、さらには大会スタッフの繋ぎ止め(大会離れを防ぐ)などなどに、レース運営により得た収益をあてがっていることが考えられ、また推測される。

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memo 1

※ 国立公園の商業利用は原則禁止されるべきだ。
※ 国立公園の中の登山道の商業利用は原則禁止されるべきだ。

memo 2

なにしろむこうは稼いだ金を、雑誌やWebといった 「仕事」の形で関係者に再配分して、「体制」の維持強化を狙っている。
「金」がないこちらは、言論でしか抗せないので不利だ。

「仕事」を分け与えられている「有名トレイルランナー」は、金を与える人に頭が上がらず、口を塞ぐ。
「商業化の進展」により、言論の自由が奪われている。
スポーツの商業化、登山の商業化の縮図がここにある。

正論を説くものは、すべてを敵に回す覚悟で、行わなければならない。
わたしは、記事よっては言い過ぎの記事もあるけれど、すくなくともトレイルランニングを愛する者を食い物にしようという魂胆はなく仕事や名誉心のために、語るべきことを語らず、口をつむぐことを恥とする者である。

「オリエンテーリング→トレイルラン→ナビ、ロゲ→山岳遭難?」及び、「最近の登山界の競技者優遇志向について、」


この記事ですが、柳下さまから丁寧なご挨拶をいただき、私の心のわだかまりも解消しましたことをここに記しておきます。
2月22日 silvaplauna

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オリエンテーリング→トレイルラン→ナビ、ロゲ→山岳遭難?

先日、トムラウシの大量遭難事故の生存者で、いわば事故の生き証人の戸田新介さんから、今度、日本山岳サーチアンドレスキュー研究機構というところが主催するシンポジウムで講演することになりましたと教えていただいた。
「日本山岳サーチアンドレスキュー研究機構」という組織のシンポジウムを検索すると、以下の資料が出てきた。

「トムラウシ遭難事故を考える」シンポジウムの開催について

興味深いのは、トレイルランナーとりわけ、ナビとか、ロゲとかによく名前が出てくる、あの村越真氏の名前が挙がっていたことである。

最近は、公立大学も独立行政法人で、経済効率とやらを考えなければいけないので大変ですね~と嫌味な一言を思いつつ、村越氏のテリトリーの広さには恐れ入るところである。

そういえば、一昨年(2008年)のTJARのブログでは、氏のコメントも頻繁に出てきたなぁと思う・・。

ご自身のもともとの縄張りである、オリエンテーリングの世界では飽き足らず、さらにハセツネといったトレイルランの世界でも満足せず、ナビとかロゲとか言うのは、配下の若手に任せて、ご自身は、今度は、山岳遭難の分野にまでご進出でしょうか・・? トレイルランでは、ハセツネを主催している東京都山岳連盟と仲がよく、山岳遭難の分野では、日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟といった別の山岳組織ともコネクションをお持ちであるようだ。

でも・・、本来的に、たとえ地図読みであってもクローズドのレースと本格的な「登山」とは違うと考えますがいかがでしょうか?
(こんなことを書くと、青梅の北、成木の近くに住んでいる田嶋女史は頭に来るだろう・・)

もとより私は、村越氏に個人的な恨みそのほかは持たないが(個人的な感想を述べると、オリエンテーリングの選手は、多少頭がよいことを鼻にかけている嫌いがある・・TERKNAOのロゲのときも山羊氏は私を見てもシカトしていたし(一回りも年が違う山羊氏に、こちらから「あなたがあの有名な帝王ですか・・」と頭を下げる筋合いはあるまい。)、またちなみに村越氏は東京大学のご出身だそうであるが、そのくらいの学歴を持っている人なら私の知り合いにもいる・・微笑、いずれにしてもプライド高き彼らにはこちらから下手に出てペコペコ頭を下げねばならないから困ったものだ・・苦笑)、ハセツネに関連しては、氏はいわば要注意人物であるので、釘を刺す意味で、ここに記事を書いておくのである。

http://www.east-wind.jp/kocci/modules/tinycontent/index.php?id=6

kocciというのは、日本山岳耐久レース初代チャンピオン田中正人氏を看板として、運営されているアドベンシャースポーツ組織であるが、村越氏はそこの講師もお勤めであるようだ。つまり、田中正人氏とは密接な関係があると推測される。また、田中正人氏は多摩オリエンテーリングという団体に加入していたそうであるから、村越氏と田中正人氏とは、オリエンテーリングという競技を通じて深く繋がっていると推測される。

で、この田中正人氏は、日本山岳耐久レース実行委員長の宮地由文氏(東京都山岳連盟の幹部)とも密接な関係があるだろう・・(因みに、去年のハセツネ30kでは、司会を田中正人氏がやっていた。それのみならず、田中氏率いる東風(TEAM EASTWIND)の面々もかなりスタッフで働いていたようである。一昨年、6回ほどに分けて開催された安全走行講習会~ハセツネクラブの母体となった組織~の講師は、ほかならぬ田中正人氏である。)。

となると・・。

ハセツネCUPの総元締めで、東京都山岳連盟の幹部である宮地由文氏と密接な関係にある田中正人氏と、さらに密接な関係にある、村越真氏は、一言で言うならば、ハセツネの「体制側の人間」であるということが出来るだろう。(けして色眼鏡で見ることなくバランスよく考えるとそう言う結論に落ち着くのが普通である。)

つまり、故郷の山を守ろうとする私にとっては、「」、あるいはそこまで行かなくとも「警戒してその行動を見守られるべき人間」である。

振り返ってみると、氏が率いる TEAM阿闍梨というチームは、ハセツネでいい成績を残し、それをいわば踏み台として、いわばメジャーデビューし、そのメンバーはヤマケイそのほかの山岳雑誌にあれこれと記事を書いているようだ。(もちろん、それには村越氏が山渓とのいわばパイプ役になっているのであろう。)

さて、ハセツネが物議をかもしている昨今、ここで、いわば「踏み絵」代わりに、村越氏は、ハセツネCUPがかかえるさまざまな問題点について、とりわけ秋川の自然に対する過剰なインパクトについていかに考えているのか、意見を求めたいところである。のみならず、オリエンテーリングという競技自体も、登山道からコースアウトする競技であり、自然に対するインパクトはただならぬ物があるはずである。

自然保護の見地に立って、ハセツネは、秋川の自然に対する自然破壊行為であるとして、大会実行委員長の宮地氏を批判することが村越氏に出来るだろうか?

争いごとは避けて、美味しいところだけ持ってゆく、・・いわゆる頭のよい人間がよく行うパターンで、ナビとか、ロゲとか、果ては日本山岳協会とか、日本勤労者山岳連盟といった別組織において山岳遭難のジャンルにまで「緊急避難」し、だんまりを決め込み、ハセツネの主催者とも仲がよい(いわば体制側の人間である)という事実関係をカモフラージュしてゆこうとしてもそれは許されない。

どんなにカモフラージュしても氏が、ハセツネの体制側の人間であることは変わりがないのであるから、村越氏の今後の動向を注意深く見守ってゆこう。

去年は、田中正人氏の動向を論じたが、今回は、村越真氏である。

この際、村越真氏やTEAM阿闍梨のメンバーには、きっぱりとハセツネCUPとは縁を切って、むしろ、あのレースの批判でも大々的に行っていただきたいと希望するところである。

もとよりオリエンテーリング愛好家が、どれほど奥武蔵あたりの山野を駆け巡ろうと、私には関係のない話である。 また時々、日の出町と、青梅市の境にある二つ塚あたりの山林で、学生や社会人がオリエンテーリングをしていることに関して私はとやかくは言わない。

しかし、ハセツネを通じて、村越氏および、TEAM阿闍梨が私の故郷の山である秋川の山々に体制側の人間(宮地氏サイド)として「関係」を持っているとなると、これは等閑視することは出来ないのである。

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最近の登山界の競技者優遇志向について、

さて、いまの登山界は、いささか、ランナー・・軽装で足の速い人間が幅を利かせすぎている、また、競技者・・各種レースに出る者が、そのレースでの華々しい看板を引っさげて誇らしげに語りすぎている。 田中氏同様、村越氏もその一人である。

しかし、登山の一歩というのは、軽装で走り回ることではなく、30キロぐらいのキスリングを背負って歩ける体力をつけることだと、私は考える(小西政継 ロック・クライミングの本 28ページ参照)。

それに、登山は、困難な登山になるほどに、「生きて還ってくること」により価値があり、タイム、まして順位などは二の次、三の次であること、旧くは、昭和30年、40年代、さまざまな岩壁での初登攀争いで多くの犠牲者が出たこと、近時では、限られた旅行日程の中でコースを歩き終えようとして無理をしたトムラウシの大量遭難事故を引き合いに出すまでもなく明らかである。

私に言わせると、元F1ドライバーの片山右京氏が、30代後半に入って山の世界に転向し山のタイトルを狙うというのがいささか滑稽であるように、オリエンテーリングの世界で名を馳せた方が、トレイルランの世界はまだともかく、登山一般、それも山岳遭難の分野にまで進出なさるのは、いささか場違いであるように感じられる。
(F1を引退して、今度は山の世界で名を成そうというほど、山の世界は甘くない。少しばかり足が速いからといって、地図が読めるからといって、いっぱしの登山家気取りで山岳遭難を論じるのも・・登山を甘く見ている、登山家を競技者よりも下位に位置づけているのではないかな?)

いずれにしても、今の登山界の競技者優遇志向は、改められるべきである。

競技者は所詮、いつまで経っても競技者であり、居心地のよい競技者的なものの見方、考え方から抜け出せないものだからだ。
競技者の価値観は、本来の登山からは外れた価値観である。

ところで、こうした登山界の競技者優遇志向は、商業主義(金儲け)と密接に関連していると考えるが、またそれについては後日、記事にすることにしたい。

☆ Easy Money

先日、あるトレイルランナーが私を騙して、2万数千円とろうとした。

私は最初彼を信用していたが、正月頃からどうも怪しいと思うようになり、やがて彼が仕組んだピンはねの構造に気づいた。
最初は黙っていようかとも考えたが、思い直し、脅迫半分のメールを送り、2万円を返していただいた。(3千円ほどは彼の手元に残した。)

彼は、ハセツネ30kにも出るし、秋の本戦にも出場する予定である。

こういうレースに出るような人は、人を騙すようなことはしないだろうと彼を信用した自分が悪いのではあるが、・・私もまた、舐められたものだ。

山猫亭の店長さんと話し合って、何でこういうことをするのかなぁ・・とも考えた。

mixi あたりで、ハセツネクラブの連中の日記でも読んで、私のことを騙しやすい人間と誤解したのかなぁ?などとも考えた、だったら、今後は誤解されないようにするためにも、よい「見せしめ」として、血祭りにあげてやろうかな、、とも思った。

第二の被害者が出ないようにするために名を出したほうがよいかもしれないが、穏便に済ませる手前、彼の氏名は明かさないでおこう。

妻子がいると何かと入用で、知り合いを騙してまでも金を稼ぐ必要に迫られるのかもしれないから・・。

が、(当然ではあるが)氏のブログへのリンクは切った。

以下は、それにつけて思ったことである。

※彼へのメールを送る際に、立会人代わりになっていただきましたTREKNAOさんと、かげマルッツさん、ご協力ありがとうございました。お二人には深く感謝させていただきます。

※彼は、日原のレースに出るそうだ。注・・こう書いたからといって、kojikenさんではありませんので、念のため(笑)。彼に、なべさん、harukuさん、kojikenさん、原始人ランナーさんなどを紹介したが、そのことを今では反省している。 恩を仇で返されたからである。

※mixi をやっているトレイルランナーの諸君、ハセツネ30kに出て、日原のレースにも出るマイミクを少しは疑ったほうが身のためだ。

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以下本文・・

トレイルランニング関連の記事を書いて私が得たのは、数年前のヤマケイJOY秋号にハセツネ関連記事を書いて、5000円の稿料を得た。それが最初にして最後である。ここで37万ものアクセスを得たとしても私には、一銭も入らないし、はなからそれを承知でやっていることである。

私は、一万数千円もするトレイルシューズも持たないし、高機能かつ、お洒落で派手なウェアも一切持っていない。冬季用の登山靴は別にして、いつも運動に使っているシューズなどは、5000円以下の安物シューズである。自転車に乗る時だってヘルメットを被らないが、ヘルメットだって安くはないし、とにかく運動について私はあんまりお洒落を楽しむ余裕はない。懐具合がよいのならば、高いシューズを履くのかなぁ?とも思うが、もし仮に宝くじに当たっても、運動するウェアにお金はかけないだろうと思う。

それに、私はレースとかに一切出ないので、エントリー料も払う必要がない。私はそんな風に、運動については安く仕上げているが、トレイルレースに出ているような人たちはそうではない様だ。

ハセツネ30キロにエントリーするのに6000円、遭難保険に初年度は、5000円ぐらい、翌年からは3000円ぐらい掛かり、秋の本戦に出るとなると、プラス15000円となる。もちろん、裸でレースに出るわけにも行かないだろうから、シューズを買って、ウェアを買って、さらに試走をして云々となると、必要経費に10万円は軽くかかるだろう。

試算

ハセツネ30k エントリー 6000円
JRO 入会金 2000円 年会費 2000円 引き落とし 1000円
ハセツネ72キロ エントリー 15000円
シューズ代 15000円
ウェア代 30000円
ザック代 10000円
ライトその他 10000円
食料 3000円
交通費 2000円

以上 合計 96000円
 
ハセツネ30キロと、秋のハセツネだけでも最低10万円はかかる。世のトレイルランナーはもちろんこの二つのレースのほかにもいろいろとレースに出るだろうから、実際に彼らは20万から30万円をトレイルレースにつぎ込んでいる勘定になろう。

週末は、レースに出て、あるいは試走をし、また平日もトレーニングをして・・。

で、レースや試走が終わると、温泉に入り、ビールを飲み、何か美味いものを食し、となるとそういう遊興費もかなりかかる。

以上が独身男性や独身女性ならまだしも、さらに、30代、40代のトレイルランナーには、妻子持ちの方も多いので家族を養う費用も支出しなければならないわけである。

要するに、家族を養って(奥さんと子供がいて)、さらに週末は、十分な運動をすることができて、さらには、レースにも出る「時間」と「金」がある連中であると括ることが出来るだろう。 今のご時世でなかなかそういう恵まれた経済状況にいる人は少ないと思うがどうであろうか・・。

以上のことを「裏返して」言うならば、結構・・Easy Money がはいってくる連中が、多いと考えられるのではないだろうか?
(Easy Money・・直訳すると、楽に儲けられる金、悪銭身に付かずで言うところの悪銭)

世のトレイルランナーの中に、トレイルシューズが欲しいのだけれどもお金がないので、やむなくランニングシューズを履いてレースに出ています。という人は果たしてどのくらいいるだろうか?

私が、「甲武相山の旅」で書いたことは、(たいしたことは書いてはいないが)手元にあまり余裕がなく好きなウェアやザックは買えないけれども生きてゆくために山を走ることが必要だ、という人にこそささげたいと思う。

山を生活の一部と感じて、山と繋がっていなければ気がおかしくなってしまうよ、という人にこそ捧げよう。

ろくに才能もなく、たいした仕事をしてはいないくせに、自らの行為にあれこれともったいぶった「値札」をつけて、Easy Moneyを儲ける連中に、読んで欲しくはない。

暇つぶしに、トレイルレースに出て、喜んでいる浅はかで、カス野郎な連中に読んで欲しくはない。

あのブログは、そういったブログである。

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追記

また、最近、いわゆるアウトドアブームに便乗して、講習会やら何やらを企画して、小銭を儲けようとする輩が増えた。

素人さんを騙して、小銭を巻き上げるのは、好ましくない。

そういう連中が、私のブログを読むのは、私の欲せざるところである。

そういう連中は、素人さんから巻き上げた「稼ぎ」を誰かに上納して、山の情報を買えばよい。

そういう連中を見ると、吐き気がするのですよ・・。

私のブログが、山で小遣い銭を稼ぐ卑しき輩の商売ネタとならないように、私は「甲武相山の旅」の過去記事を閉じることにした次第である。


2010年5月4日 追記
あれこれと考えた挙句、非公開化はせずに、公開しております。ただ、以上の理由から、あまり詳しい紀行は書かなくなりました。

趣味の切り売りをして小遣いを稼ぐのは賤しき行いである。

日経で、「トレイルランニング」を検索したらこんな記事を見つけた。

フィールドを守りたい――環境派アスリートたちの情熱(07/08/06)

愛好者が増えるにつれて大規模化しつつあるトレイルランニング(山や林間の不整路を走るアウトドアスポーツ)のイベントで、余りにも多くの人々が同時に繊細な山のトレイルに入ることによる自然環境へのインパクトを懸念するトレイルランナー。彼はコースとなる地元関係者と想いを共有して小規模なイベントを企画し、参加者にはトレイルにインパクトの少ない走り方などのスキルを教えるとともにマナー普及に努めています。
http://eco.nikkei.co.jp/column/patagonia_shino/article.aspx?id=MMECc5018006082007&page=1

あのレース(ハセツネCUP)は、2000名もの参加者を募って行われるが、出走希望者は、自分が出場できるか否か?
タイムは? ということにばかり気にかけていて、大会の規模が、自然に与えるインパクトの大きさ、深さをあんまり
考えてはいないようだ。

レースと言うのは当事者意識を持たなくてすむ仕組み(※1)なのだから、自然を舞台に行われるトレイルレースに
於いてそのシステムは極めてたちが悪い。

主催者および、都岳連の連盟会長は秋川の自然に対して行った自分達の罪を
生涯をかけて償わなければならないであろう。

環境が強く意識される昨今に於いて、
こんな風に「乗組員 ※2 」への環境教育を怠った「はせつね丸」は早晩沈没するであろう・・。

※1 自然破壊の直接の当事者は、その地で大会を企画、実施した主催者にあり、参加者はその大会に応募したものに過ぎない。いわば、個々のレース参加者は間接的な当事者であるに過ぎない、という方便ないし責任転嫁の議論。それは、地下鉄サリン事件を実行したオウム真理教徒が、自分達はマインドコントロールを受けていたのであり責任はないと言い逃れをするのに似ている。

※2 狭い競技人口の中で、主催者による「囲い込み」がなされているので、構成員とも、乗組員とも表現できるだろう。

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ところで、最近は登山の世界に於いても「ガイド」なる方々が幅を利かしてきて、
その世界でも「囲い込み」がなされつつあるように思える。

ようするに、一般登山者(含む山岳会のメンバー)<山岳ガイド(山岳ガイドは、山では偉いのだという図式)
と言う価値観を一部のガイドと一部の登山愛好家は抱いているようだ。
で、それがあたかも当たり前の前提であるかのようにものごとを語ろうとしている。

しかし、
そもそも、山を案内して生活している者が、登山の世界で大きな顔をするのはすこし違うだろう・・。
登山の世界で大きな顔をしてよいのは、時代をリードするような先鋭的な登山を志して、実践している人たちであろう。
(大きな顔をすることの是非はともかく・・)

でも、そもそも、
何のために山に登るのか?

それは、究極的には自己満足のためである。

自己満足の世界であるから、命を懸けて山に登ったとしても、
それが社会的に偉い行いであるとは言い切れない。

今の世の中、無酸素でエベレストに登るよりもずっと困難で、
人類のためになる行いはほかに山ほどある。

だから、命を懸けて無酸素でエベレストに登っても、
今の世の中社会的には無価値である、と考えるべきだ。

このように登山は究極的には、自己満足の世界であると考えるのである。

職業ガイド・・
たしかに、歴史に名を残す登山家には生活のために、尖鋭的な登山を行う資金を稼ぐために
ガイドをやった者も多いが、それはあくまでも生活のための手段である。

先鋭的な登山を行わずに、ただ収入を得て生活するためだけのガイドといった場合は・・
「自己満足の世界」さえもないわけであり、それはようするに山稼ぎ人に過ぎない。

そういう者は、もっと別な生活のための手段を探すべきであろう。 
そして、登山はあくまでも「趣味」すなわち「自己満足の世界」にとどめるべきである。

小西政継さんの「僕のザイル仲間たち」という本に書いてあったが、
「(植村に)趣味の切り売りはして欲しくない。」
と、植村直巳夫人は小西さんに語ったそうである。

趣味の切り売りをして、小遣いを稼ぐのは賤しき行いである。
趣味を分かち与えるのなら無償で与えるべきだ。

何時かも書いたように私は、趣味ではハンバーガーも買えないが、
それはそれで高貴なやり方であり、
ハンバーガーを買いたければ、趣味以外に職を求めるだろう。

趣味の切り売りをして、小遣いを稼ぐのは賤しき行いである。
これは私の信念である。

プロ、プロフェッショナルと聞けば今の世の中なにかと通りがよいが、

趣味で生活をするのは賤しいといった貴族的な価値観もこの世の中にはきちんと存在すると言うこと
そういった価値観に立てば、いわゆるプロのアスリートなどは「賤民的なアスリート」であると酷評できるものであること。

オリンピックの商業化によって、一般の運動家の世界でも

アマチュア<プロフェッショナルの図式(アマチュアよりもプロのほうが偉い・・人格的にも、社会的にも)

を持つものが増えたが、ここではそれに敢えて異を唱えておこう。