競技性のないトレイルランへの期待、再び

レースに出ない私がもっぱら実践しているのは(もっとも最近はあんまり走っていないけれどね)、いわゆる「競技性のないトレイルランニング」・・これを私はずっと昔から説いてきたが、世の中には、「はじめにレースありきのトレイルランニング」の方があまりに多い(圧倒的である)ので、これを説くのは半ば諦めかけていた。

そんなときにあの鏑木毅氏が、「レースとはまた違う本物のトレイルランニングを楽しめるイベント」を計画していると言う、しかも日程的にもあの信越五岳トレイルレースとバッティングする形でである。

これは楽しみですね。
信越五岳トレイルレースには、ハセツネへのアンチテーゼとしてこれからのトレイルレースの理想の形を模索しつつ、ひとつの答えを提示してくれるのを大いに期待しているけれど、その一方で、そもそも、レースを離れた「本物の」トレイルランニングを普及させたいという狙いにおいて、鏑木氏のイベントには、私個人の立場において非常に賛同するところがあります。(もっとも詳細な内容はまだ公開されていないんですが・・。)

競技性のないトレイルラン(鏑木氏が言うところの「本物のトレイルラン」)において、登山者や、ハイカーとの譲り合いや、協調の精神が生まれると期待しております。
レースなどに出なくってもトレイルランニングは楽しめるスポーツであり、むしろその楽しみ方の方がいつでもどこでも楽しめて、普遍性と通有性を持ったトレイルランニングの楽しみ方であると深く信じているのであります。

競技性のないトレイルランの長所

※自然を楽しむと言う、登山者や、ハイカーと同じ目的で山に入るのですから、価値観を共有することが出来ます。

※トレイルランナー相互の連帯感や、集団意識といった狭い仲間意識から抜け出せる筈です。

※レースにお祭り騒ぎのような精神的な昂揚感や興奮、仲間との一体感を求める人には物足りないでしょうが、そういう人は信越五岳のようなよくよく配慮され熟慮されたレースに出ること、或いはトレイルレースはもう止めて、フルマラソンやウルトラマラソンといったロードレースに転向なさるのをお勧めします。

※本物のトレイルランを実践する人が増えると、当然、相対的にトレイルランニングにおけるレースの役割は低下する。レースでの速さよりも、自然を愛し、自然を深く理解し語れることのほうがトレイルランナーの品格としてより重要視されることだろう。

競技志向の強いトレイルランナーの思考方法にファシズムを感じることについて、

登山者、ハイカーとの共存は可能か?

最近になって諦めたことがひとつあって、それは競技性のないトレイルランニングを力説しようとすること、つまり、今のトレイルランナーはレース参加と密接不可分であることを素直に認めることにしたのである。・・その上でモノを考えると、レース参加を前提にしたトレイルランナーの心理傾向が読めるようになったのである。

では、このレース参加を前提としたトレイルランナーは、登山者や、ハイカーとの共存が可能であろうか?

答えは NO である。

足の速さに重要な価値基準を置くトレイルランナーは、自然を味わうことを目的とする登山者やハイカーと基本的価値観を共有し得ない。
自然を堪能することが登山者やハイカーの第一の入山目的であるが、トレイルランナーの場合は、あるいは、レースの試走の為、またあるいは、レースのトレーニングの為、レースに備えて長距離を走って身体を慣らす為、の入山目的が主であり、自然を堪能するという目的は二番手、三番手以降の副次的な目的である。

また、そもそも、トレイル仲間相互の連帯意識が強いため、登山者やハイカーは言ってみれば「部外者」扱いを受けるのである。
彼らは山の中で、トレイルランナーと出会って一緒に経験したどこかのレース談義に花を咲かせるのを好み、ハイカーと、日本100名山に登ったとか言う四方山話をするのを好まない・・というか、そもそもレースのある山しか行かないし、100名山とか興味もないし・・(苦笑)。

旧きよき山登りを知る登山者に言わせればトレイルランナーは山の新参者の、迷惑な連中と評されるだろう・・。

トレイルランナーの思考方法にファシズムを感じることについて

トレイルレースとは、それを共同体験することによってトレイルランナー相互の親睦を深め、連帯感を強めて、精神的な一体感を醸造する場、同一物への帰属意識を高める場。宗教的秘密結社が行う宗教的儀式に似たような性格をもっている。

ハコネ50キロのレースが終わったにもかかわらず、翌年に同一コースを走ってみたり、他にアピールする目的で何がしかのデモンストレーションを行うのは他の同志であるトレイルランナーへの精神的連帯を求めるメッセージであると解釈できる。

このようにトレイルランナーの一部には初期の宗教性、ないし精神的ファシズムの兆候が見られる。

トレイルランナーの熱狂的性格

お祭りで、お神輿が繰り出して多くの人が半纏を着てお神輿を担いでも、そういうのに参加せず、脇で静かに見ている人、性格的に騒ぐのが嫌いな人間もいる。その一方で、いわゆるお祭り好きな人もいて、地元のお祭りでは物足りず、近隣のお祭りまで足を伸ばす熱狂的な人もいる。

まさに人それぞれであるが、トレイルレースに参加している人間は、タイプでいうならば、お祭り好きな人間と言えるだろう。
更に考えると、もともと、ある程度性格的に「興奮」を求め、「熱狂」を求める個々人が、トレイルレースというお祭り騒ぎの場を「共有」することで相互に刺激し助長し合って、ますます、その熱狂しやすい性格を高めていると評することも出来る(トレイルレースの相互助長作用)。

まとめ

そもそもレースは他人あってのもので、自分ひとりではレースは出来ない。

現在流行っているトレイルランニングは、レースあってのトレイルランニングであるので他人あってのトレイルランナーである。
常に他者を求め、連帯感や、相互刺激作用に依存し、仲間と刺激しあって肉体的、精神的興奮を楽しむ、そんな風に自分ひとりでは自己完結し得ないトレイルランナーと言う存在は精神的に独立していない、また人格的に弱い存在であると評されよう。

レースあってのトレイルランナーにとって、トレイルレースとはまさにトレイルランナーが仲間とともにトレイルランナーと化す、現代版 秘蹟 Sacramentum  であると言えるだろう。

The Japanese Trail Running Club  ( 日本山岳走倶楽部 )

 これは、あくまでも、まりおさんに提示する一つの草案です。ですが、これのほうが、まぁ現実味があるでしょう。トレイルランナーの、トレイルランナーによる、トレイルランナーのための団体として今から作っておくのも遅くはないでしょう。作るだけならば、まりおクラブの賛同者を募ってmixi上にでも気軽に作ることができましょう・・。現在のトレイル人気がいつまで続くか分かりませんが、そのうちに、スポンサーや、各種大会主催者が集った似たような名前の全国組織が出来る筈ですので、それに先んじてこういう組織をランナーサイドが作っておけば、いろいろと今後のためになるでしょう。

この記事では 最初に、Japan Trail Running Association  という名称を用いましたが、
先程、検索したら Japan Trail Running Association  という団体はすでにあるようですね。
でしたら、 The Japanese Trail Running Club  という名称あたりがよろしいでしょう。
かの日本山岳会が The Japanese Alpine Club ですので、それの真似をさせていただきます。
もっとも、名称はどうでもよい問題です。そういった組織が何を果たすか?
という役割のほうが重要です。

参加者、利用者にすぎないトレイルランナーから、トレイルの自然を守り、個々のトレイルランナーの利益を守り、大会主催者側へものを言えるトレイルランナーへ・・。全国に散在するトレイルランナーが自由に参加できる横断的な組織、The Japanese Trail Running Club  ( 日本山岳走倶楽部 )なる任意団体を設立して活動を始められるのも一案でしょう。
もちろん、はじめは、mixi commnunity 等のインターネット上に展開する団体として活動してゆくのが気軽でいいと考えます。

目的
①わが国の豊かな自然を守るトレイルランニングマナーの普及と、安全なトレイルランニングの知識と技術の普及に努める。
②登山道を共有する仲間としてハイキング愛好者、登山者等との相互理解、協調を図る。
③トレイルレース参加者のレース情報その他の共有を目指す。
④トレイルレース参加者の地位向上のための各種運動、トレイルレース主催者側への各種意見の提示や、申し入れなどを行う。

東京ハセツネクラブが、いわば、上命下達、官製のトレイルランニングクラブであるのに対抗して、トレイルランナーの目線でものを考え、大会に参加するトレイルランナーの利益を守る、トレイル仲間の集合体のような組織です。ひとり一人のトレイルランナーは弱い存在ですが、横断的なこのような組織を作れば、一人ひとりでは泣き寝入りするようなことでも、救済することが出来、また大会主催者側に申し入れを行うことも出来ましょう。

※ トレイルレースにおいて、登山道その他の顕著な自然破壊が行われているのを目撃したら、それを公開して主催者側に反省を求めたりする活動も含まれます。
※ 去年の志賀野反トレイルレースのような、悪天下でレースを開催することの是非を議論すること等も、含まれます。

※ 主催者側が発表することは大体、自分たちに都合がいいことばかりですので、主催者側の発表にのみ満足することは出来ません。昔の、大本営発表のようなことばかり続きますと、やがては、トレイルランニング自体が締め出されてしまうでしょう。
  レースを目撃したものやレースに参加したものが、第三者の目線、参加者の目線で見たり、聞いたりしたことを、公開する、問題を提示してゆく活動が、今後のトレイルランニングのためにも有益となるでしょう。

追補 大会主催者の姿勢について

今振り返ってみると、一昨年のレース中の滑落死亡事故を受けてプランニングされて、実施された安全走行講習会というのは、言わば、ヒモ付きの講習会だったといえるだろう。
要するに、その講習会参加者を母体にして、東京ハセツネクラブが作り上げられたからである。

柳の下の二匹目のドジョウを狙ったのが、今回のハセツネ30キロの要綱(そこに書かれている四つのポイント対象)だといえるだろう。
つまり、言わば秋のハセツネ本大会を餌に、ハセツネを走りたいトレイルランナーを釣り上げようとしているのである。釣り上げて、そして組織化し、拡大版の(全国組織としての)東京ハセツネクラブでも作り上げようとしているのであろう・・。

東京ハセツネクラブが出てきたときに、僕は記事に、「トレイル講習会は、トレイルランニングの技術を教えればよいのであって、主催者がほかに余計な魂胆を持ってはならない。」と書いたが、同じことは、今回も言える。

トレイルレース主催者は、エントリー料金をいただいて、安全にトレイルレースを挙行すればよいのであって、ほかに余計な魂胆があってはならない!!エントリー料金で物足りないのならば、すこしエントリー料金を上げればよいのである。

ハセツネ30キロの要綱を見てみると、主催者側のいろんな魂胆、思惑が見えてくる・・。
一昨年の死亡事故の教訓、安全への配慮を忘れたのか?他の魂胆もあることが見え隠れする主催者が執り行うレースは今年果たして無事に、事故がなく行われるだろうか?

それに引き換え、ハセツネ30キロの一週間後に行われる神奈川県山岳連盟主催の表丹沢トレイルレースの趣旨説明の文章を読むと・・。
東京都山岳連盟との違い、が歴然として、言葉を失うほどである・・。

以下、表丹沢トレイルレースのページより引用

【「丹沢」に配慮した大会を目指します!】
 一方で、神奈川県あるいは地元の宝ともいえる自然豊かな丹沢の地での大会開催ということであり、「丹沢の山々」に、あるいは「丹沢を愛する人たち」に対してなど、様々ことに配慮していく大会としなければならないと認識しています。
○大会前後に、コースを歩きながら清掃登山を予定しています。大会スタッフのほか大会参加者にもお声かけしながらボランティアを募っていきたいと考えております。
○大会当日は、大会参加者と一般登山者の接触事故等がないよう、参加者に対しても適切な案内をしてまいります。
○この大会は、地域の皆様のご理解、ご協力のもと、実施に向けて進めさせていただきたいと考えております。また、そういった皆様とともに、「丹沢」について考える事業としたいと思っております。

 神奈川県山岳連盟は、こう考えています。
   大会参加者にはできるだけのおもてなしをしたい!
   「丹沢の山々」「丹沢を愛する人たち」とともに喜びを分かち合いたい!

 素敵なイベントにしたいと思います。ご理解、ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

どこかの岳連の掲示板では 「・・・・あなたにこそ言いたい『レースなのだから主催者がなんでもしてくれると思っていますか。』」 などといった岳連よりのコメントが平然となされるようであるが、神奈川県山岳連盟では、そんな付け上がったコメントはなされまい。

さて、表丹沢トレイルレースの要綱と、ハセツネ30キロの要綱とを読み比べて、あなたはどう感じるだろうか?

マトヴェーエフ博士のインタビューを読んで、

Training Journal 2007年4月号 に 旧ソビエト時代から国家プロジェクトとしてのスポーツトレーニングに携わってきた研究家マトヴェーエフ博士のインタビュー記事が掲載されていた(魚住廣信氏のインタビューで同誌の連載記事形式)。

この記事で印象に残ったのは、博士が雑談的に語った「国家の威信にかけて記録を目指すスポーツ」と、「商業化されたサーカス(としてのスポーツ)」と言う考えだった。
ロシアでは、ソビエト連邦の崩壊によって、後者の「商業化されたサーカス」がさかんとなり、前者の立場は一時期衰退気味であったとのこと。(詳細については、同誌の記事参照のこと)

言うまでもなく、わが国で最近流行っているトレイルレースは、後者の商業化されたサーカスとしてのトレイルレース大会である(ほぼ間違いがあるまい)。

このサーカス(言ってみれば見世物)と言う言葉に違和感があるのなら、アトラクションに置き換えても良いし、一般市民参加型のサーカス(アトラクション)と置き換えると理解しやすいだろう。

私の立場であるが、商業化されたサーカスとしてのトレイルレース大会には全く興味がない。何回も書いて来たように、トレイルランはレースがなくても楽しめると言うのが私のおおもとの立場である。(エントリー料を5000円払って、半日潰すのならば、エントリー料をガソリン代にかえて、同じ時間ではるかに自然を堪能できる所があるのを私は知っているから・・。)

だから、僕のトレイルレース、とりわけ山耐に対する立場は、前者の、「国家の威信にかけて記録を目指すスポーツ」として取り組む立場に極めて近いと考える。

自然保護の観点や、山耐の経緯、最近の商業主義化を問題として取り上げて、いろいろ山耐を批判してきたその一方で、記録を目指してあれこれこのレースを分析し、速さを求めてあれこれと模索を続けて考えてきたのは、そういう姿勢があったからだと思っている。(要するにサーカスとしてのハセツネならば、私は一切関与せずに、分析も行わず、邪魔者扱いしてさっさと潰してしまおうと、関係諸機関に働きかけていただろうかもしれない。)

マトヴェーエフ博士は更にインタビューにて、商業主義は多段階な○○カップ、のような大会を多数開催し、参加する選手は、記録を追及するよりも、観衆を満足させる見世物を演出するように求められる。・・と続ける(詳細は同誌の記事参照のこと)。

わが国でも、来年は、多数の新しいトレイルレース大会が、各地で開催されるようであり、有名な選手は、それこそ引っ張りだこであろう。

されど、たくさんのレースに出るとそれだけ怪我や故障の危険が増加するわけであるし、疲労の蓄積によりベストな状況でないにもかかわらずレースに出てそこそこの成績(4位とか、5位とかとりあえず入賞できる成績)に収まる、というのは、サーカスに出るアスリートとしてならば許されることなのかも知れないが、記録を求めるアスリートがやるべきことではあるまい。

有名選手はもとより、自己ベストを求める一般選手であっても、問題状況は同じである。すなわち、アスリートとしての自分をどう位置づけるか? である。

自分をサーカスに出るアスリートとして理解するのならば、たくさんのサーカスに出てそこそこのタイムを出してせいぜいレースを楽しめばよいであろう。

そうではなく、自分を真剣に記録を求めるアスリートであると理解するのであるならば、数年の期間をかけて、熟慮されたトレーニングプログラムをこなし、目標とする大会にベストを出せるように自分の体力をピークに持ってゆけるようなレース・スケジュールを組むべきであろう。

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参考 
平成スポーツトレーナー専門学校 校長 魚住廣信氏 の公式ホームページ

興行主あってのトレイルランニング文化~競技志向のないトレイルランの薦め

興行主あってのトレイルランニング文化

現在、わが国では、トレイルランナー=トレイルレースを楽しむ人たちと言う図式が成り立っているので、トレイルランナーだけが、いくらトレイルランニングが文化として定着すればよい!とか言っても、ダメである。 

登山家が依存するのは、せいぜい、山小屋やガイドブック、地図ぐらいなものであるが、トレイルランナーは、イベンターが企画するトレイルレースに大きく依存しているからである。

つまり、トレイルランニングは、トレイルランナーだけでは成り立たず、レース主催者(興行主)がなくてはならない存在なのである。悪く言えば、イベンターにおんぶに抱っこされて、頭が上がらないのが、わが国のトレイルランナーである。

僕は、競技性のないトレイルランニングを提唱しているので、こういったイベンター(興行主)抜きでトレイルランニングを語ろうとしているのだが、大方のトレイルランナーはレースを楽しむ、レースという娯楽を楽しむ?方々であるので、そういう場合は、上に書いたような図式になる。

このように、レースに依存しているトレイルランナーは、その本質において、対価を払ってディズニーランドの各種アトラクションを楽しむ観光客とたいした違いはない。

そんなレースで名をはせた鏑木氏が、レースあっての鏑木氏が、興行主の存在に関してさほど言及しないでトレイルランニング文化を云々するのは、少々不正確かなと感じる。

要するに、今の日本で流行っているのは、イベンターあってのトレイルランニングだということだ。

・・今更のことなんだけれどね。

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さて、鏑木氏のブログには、群馬県のお仲間がいろいろとコメントしている。古くは、「東京近辺の丘レース」発言をした人や、今回の審判部の一件で都岳連関係者の批判とも受け取れるコメントをした人なんかがそうだ。(群馬県の方々は「我らがヒーロー鏑木氏」を侮辱されたので、きっと腹を立てているのであろう。)

鏑木氏はご自身では、暴言は書かないが、こういった取り巻きの方々が、いささか荒っぽいコメントを投稿して、鏑木氏が、それを修正せずに掲載しているところを見ると、まぁ、ひねくれた見方をするならば、身内の暴走?を止めることが出来ない?のかも知れない・・。

あまり、地元の取り巻き連の暴言コメントをそのままブログに掲載すると、鏑木氏ご自身の名誉、人気に傷がつくかも知れませんよ、と余計な心配として一応書いておこう。

さて、話はその先にあり、「東京近辺の丘レース」とか卑下して表現されて、いい気持ちがしないのは、高尾や、陣馬、みたけ山、青梅高水、ハセツネあたりのトレイルレースを主催しているイベンターの皆さんだろう。

こういった人たちが主催するレースは、かのトランスジャパンの主催者、岩瀬氏によっても、「里山レース」などとも表現された。(トランスジャパンの公式ブログでの、岩瀬氏の記事参照)

丘レースはともかく、里山レースはちょっと違うだろう・・と私も思う、ハセツネが里山レースであるならば、主催者の都岳連も、名称を「東京都里山連盟」と改めなければなるまい・・爆

この里山レース発言をした、岩瀬氏の本音がどこにあるかはわからないが、都岳連関係者の方々にしてみれば、ハセツネを里山レースと呼ばれては、けしていい気持ちはしないだろう。

こんな風に、これまで仲良く一枚岩と見られていた、トレイル関係者も、いろいろと水面下で、対立があるようである。

都岳連の内部で、山耐をトレイルレースと位置づけ推進してゆこうとする派 vs. 伝統的山岳競技へ戻そうとする派

今回の、審判の一件で、  東京都山岳連盟 vs. 群馬県の鏑木氏、その取り巻きの方々

里山レース発言で、    トランスジャパンの岩瀬氏 vs. 東京都山岳連盟

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東京都山岳連盟主催行事である日本山岳耐久レース(ハセツネ)の公式ホームページの掲示板も、何かと最近群馬県の方の意見の投稿が多いように見える。 まるで、群馬県山岳連盟の掲示板であるかのようだ(爆)。

私は、ご存知のように、都岳連の批判もしているので、都岳連の肩を持つ気はサラサラないが、やっぱり、群馬県の人が都岳連の山耐の掲示板に出張ってきてあれこれ書いては如何だろうと思う。

意見は意見であり、あくまでも、山耐をどうするかを決めるのは、東京都山岳連盟なのであるから、たくさん意見を書いていただいても群馬県の人の意見を聞く必要はサラサラないし、どんなに有名な方であろうとも鏑木氏の意見に従う必要も全くない。それどころか、都岳連関係者のなかには、山耐での群馬県関係者の行動に腹を立てている役員がいるように思える。だから、意外と、審判部の一件は、相当に根が深いのかもしれない。

山耐はじめ、東京周辺の各種丘レースで名をはせた鏑木氏、そのほか、群馬県の選手(トップ・トレイルランナー)たちが、そういったこれまでお世話になったレース関係者(主催者、イベンター)を離れて、コトをなそうと言い始めたのに、危機感や、背信行為を感じているのかもしれない。或いは、有名になったのは選手だけであり、その活躍の場を提供したイベンターが相変わらず日陰の存在であることに腹を立てているのかもしれない。

イベント主催者の人に言わせれば、トップトレイルランナーといえども、要するに、自分たちが作ったアトラクションの享受者に過ぎない、と言うことだろう。テレビで言うならば、あのSASUKEのように局が製作した番組のなかで、一番争いをしている参加者に過ぎないと言うことである。

さらに、言葉は悪いが、人寄せの道具・・であるに過ぎないのかもしれない。

だから、トップトレイルランナーと言うのは、一見華やかな存在、これまでの、トレイルランニングを牽引してきた素晴らしい人たちであるように見えるけれども、実は、イベンターの意見の代弁者であり、人寄せの道具であり、興行主の(使い捨ての)操り人形に過ぎないのかもしれない、ということだ。

そういった醒めた目で、彼らを眺めてみるのもたまにはよいことだと思う。

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追補

これからは、鏑木氏並みに、山耐で、7時間40分ぐらいを出せる若いトレイルランナーがどんどん出てくるだろう。
そういった若い人には、レースを離れたトレイルランニングをどんどん実行して、山の経験値を高めてもらいたいと思う。
レースにはあまり出なくっても、山耐優勝者よりも速いランナーがたくさんでてくればいいと思う。

彼らに期待することがもうひとつあって、けして、長いものには巻かれろ式に、有名選手に媚びへつらったりしないことだ。例え偏屈でも、生意気であっても、しっかりと自分の意見を持って、実行しているトレイルランナーがたくさんでてきて欲しいと思う。

興行主や、有名トレイルランナーから離れた独立系のトレイルランナーがたくさん出てきて、レースで華やかな有名選手の影響力、発言力、が薄れ、なくなってきたときに、ようやく、トレイルランニングが登山の、あるいはランニングの一潮流として、社会的にも認知されてくるのだろう。  文化となるのは、そのさらに先、50年、100年以上後の世の話であろう。

競技志向のないトレイルランの薦め

☆ トレーニング考察・・トレイルで速くなろうとして、ロードを月に500キロも600キロも走りこむトレーニングは有効か?

相馬剛選手は、ロードの延長線上でトレイルを捉えているそうで、去年(注 第15回大会)、山耐で優勝されたものだから、いろんなトレイル雑誌に、ご自身のトレーニング内容を語っておられた。彼に言わせると、山耐で優勝するには、月に、500キロも、600キロもロードを走らなければならないそうだ。

当然、彼の言葉を信じて、原始人ランナーさんなど、私の知る範囲で数名が、相当なロードの走りこみをしていた。
でも、僕はどうもおかしいなと思っていた。僕が信じているのは、ロードの延長線上にトレイルはない!と言うこと。

だから、この2月に青梅高水の試走のときに、小河内自衛官に伺ってみた、
「 やはり、ロードを400キロも、500キロも走るんですか? 」
答えは、「 No! 」 だった、走りこみは、トレイルを長時間走るのが、主だそうだ。

奥宮さんのブログ記事でも、ロードは、2時間も走ると飽きる・・と言った記載がある。

彼も、当然、山を7時間以上走るのが、ベースとなっているようだ。

有名選手は影響力があるので、自分の発言には、責任を持たねばならない。

自分のトレーニングを真似る若者が一人や二人ではないからだ。

今年の彼は、サブ12すらも達成できなかったが、それは、どういう事情によるものであるか、
皆に(特に彼の語ったトレーニング方法を有効と信じてロードを走りこんでいるトレイルランナーたちに!)説明するべきであろう。

トレーニング方法が間違っていたとか、怪我をしていたとか、体の具合が悪かったとか・・。
他の方の記事を読むと、今シーズンは、不調だ、とだけ書かれているが、何で不調なのかは、普通にトレイルをやっている私のようなものには全然伝わってこない。
こんな風に、相馬選手は説明責任を果たすべきである。

・・そうでないと、彼がいろんな雑誌で語ったトレーニング方法を正しいと信じて、真似てトレーニングしている、多くの若い追随者たちを彷徨わせることになるから・・。

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かげマルッさんが、先日ブログで相馬選手のことを書いたら、相馬選手が聞きつけて、昨日、「選手生命」という言葉を使ったご意見をお書きになり、かげマルッツさんは、ご自身の投稿を削除された。
かげマルッツさんは、心優しい方なのだろう・・。

かたや、僕はアスリートではなく、いつもはニヤニヤしているが、
山に向かう姿勢は、・・生死に係わるがゆえにとても厳しい・・

そんな僕が思うには・・。

彼が一番先になすべきことは、不甲斐ない成績に落胆することではなく、熱心な彼のファンの方に、なぜ今年は、だめだったのか? よくよく説明することだろう。雑誌の、インタビューを受けるということは、そんな風に社会的責任を伴うものである。
自分の選手生命を気にするよりも、ご自身がトレイル雑誌で語った、トレーニング方法その他を信じて毎晩トレーニングに励んでいる人たちに、不調の原因を説明するべきである。

さもなければ、あの記事は嘘だったのか?・・ということになろう。

厳しい意見かもしれないが、一応、彼が海上保安庁の人間であるので、思ったとおりに書きました。

優勝したときは、人から妬まれるようなかっこいい言葉を語り、そうでないときは、個人のブログ記事に、あなたの記事で心傷つけられました・・と書き込むのは、いささかナイーブではなかろうか?

ブログをやるものは選手にとって耳障りの良い記事のみ書かねばならないのであろうか?
もし、そうであるならば、有名選手のゴマ摺りや、おべっかしか為しえないハセツネなど、やめてしまえ!と言いたい。

相馬選手が復活するかはわからない・・選手生命などという言葉を使うところを見ると、復活できないのかもしれない。彼が優勝したのは、トレイルブームの一ピークであり、トレイル関連のマスコミの寵児になった。
人は良かれ悪しかれ、多かれ少なかれ時代の波に翻弄されるものなのだろう。

ちなみに、僕が応援しているのは、奥宮俊祐さんはじめ、陸上自衛隊大宮駐屯地 第32普通科連隊の小河内吉哉さんであり、門倉輝明さんである。 相馬さんとは面識もなく、彼の応援はしていない。

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かげマルッツさんの関連記事

ランニング・トレーニング考

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2010年5月3日、この記事の要点を追記しました。

ポイント

※ロードの過剰な走りこみ(月走500キロ~600キロ)は、身体の特定部位に過度の負担を強いるために、故障を引き起こしやすい。

※トレイルの実力をつけようと単純にロードの走行距離を伸ばすことばかり熱中していてはいわゆる「オーバートレーニング」を招きやすい。

※最大酸素摂取量の向上に注目したトレーニングを実施するべき。その分かりやすい一例が、12分間走であり、5000mのタイムの向上である。

奥宮選手や、小河内選手に質問する機会があったら尋ねてみればよい、5000mを16分台で走れる実力があれば、浅間峠まで、さほど無理をせずに淡々と走って2時間40分ほどで行けるそうである。

5000mを16分とか、17分とかで走れるようになったら、あとは目標にするレースに応じたトレイルの距離を走りこめばよいと考える。一言で言うなら試走を繰り返すことだ。・・そうすれば、無理なく、怪我や故障ももっとも少ない形で、よいレース結果を得られる筈である。

☆ 「走り」と「歩き」の境界は? まとめ トレイルの「登り方」、「下り方」

「走り」と「歩き」の境界は?

A 心拍数での客観的管理
・・心拍計を持っている人でないと出来ない。一見理論的のようだが、機械に頼っているような気がしないでもない。心拍計を持っていない私には出来ない。

B 心理的な主観的管理
・・ばてたら歩く、古典的な手法、あまり賢いやり方ではない。行き当たりばったりで進歩がない。

C ルートに対応した管理・・丹念な試走が大前提!

c1ルートの走りにくさに応じて使い分ける
障害物のあるルートか、傾斜の角度、などなどの応じて使い分ける。
c2ルートの先読みをして使い分ける
試走を繰り返して、ルートに慣れ親しんで、身体に覚えさせるとともに、無理なところは歩くように使い分ける。

・・などなど人それぞれいろいろなやり方があるようです。私は、c2のやり方を好みます。

まとめ トレイルの「登り方」、「下り方」

緩い登り

走りきれるくらいのなだらかな「緩いのぼり」を通常のランニングフォームで走りきってしまう脚力を養成するのが鍵、ただ、重要なことは、トレイルでは、路面が凸凹していて、木の根っこや岩が出ていたりするので、絶えず路面状況に気を配らねばならず、それをクリアするのが大きなポイントです。

前方を向いて、路面状況を一切無視して、走ってみますと、足が木の根っこや、岩にぶつかったり、躓いたり、はたまた赤土の斜面に滑ったりしてしまいます。

登山道のなかですこしでも障害物が少ない通過ポイントをトレースするように心がけるとともに、躓いたり、ぶつかったりするかもしれないと用心した脚さばきで登るのがいいと考えます。(こういうのは、慣れの問題でしょうか・・。もっとも、試走が繰り返されている山耐ルートでは、あまたの試走者によって、おのずと走りやすいルートが出来上がっているようです。)

こういった緩い登り坂対策としてトレッドミルでのトレーニングは奥宮俊祐さんもご自身のブログでお書きになっているようによいトレーニングになると考えます。ただ、のっぺりとしたトレッドミルのベルト上ではまず躓くことはなくそこが現場と大きな違いなんですが・・。

急な登り

A 膝に手を当てて押してゆく小河内吉哉さん(2007年山耐3位)の登り方
膝を押して登るやり方

①心拍数が低く抑えられるが、どちらかというと筋力を使うので、筋力が弱い人には不向き。
②そこそこ筋力がある人が、ロングストライドでこれをやるとかなりの武器となる。
③股関節の柔らかさと、体幹のキレのよさが速さの鍵。

B 久原万里子さん(旧姓 原 いわずと知れた実業団出身の元マラソンランナー)のショートステップでの登り
背筋を伸ばしショートステップで、小刻みに登ってゆく、姿勢も階段を登るように膝を割りと高く上げる。
筋力が男性よりも劣るといわれる女性の場合は、登りの場合、ロングストライドは避けて、ショートステップで、小刻みに稼いで行くのがいいのかもしれない。そうすると、筋力的な負担は最小限になります。

①筋力がない人に向いている。しかし、身体を動かすので、心拍数が上がる。高回転型の心臓を持っている人に向いています。
②女性にはこのスタイルがオススメ!
③男性でも、登りに弱い方には向いています。
④途中で歩き始めてしまわずに、最後まで登り続けることが鍵。

☆低回転型の心臓を持っていて、足の筋肉が、(多少なりとも)人よりは多くついている場合は、A が向いています。
☆要は、その人それぞれの心肺機能や、心臓の特性、筋力の有無、程度に応じた(適した)登りかたがあるのでいろいろ試してみるのがいいでしょう。

下り一般

下りに関しては、ロングストライドの直線的な下り方が、私の得意とするやり方ですので、ここでは、私のやり方を書いておきます。シューズは、安物のランニングシューズですが、それでも、たいていの人よりは速く駆け下ることができます。
(もっとも、基本的走力が私より高い方には、負けます・・当たり前の話です。)

下りの研究(一) long stride を求めて・・。

下りの研究(二) ステップ数(着地回数)を減らす。(追補版)

下りの研究(三) 重心を左右させずに直線的に下る。(追補版)

下りの研究(四) ジャンピング走法 (追補版)

下りの研究(五 完) grip走行、極限的な着地点を求めて・・。

膝押しアプローチか、トレッキング・ポールか?

小河内さんに教えていただいた「膝頭を押して登る登り方(膝押しアプローチ)」と「トレッキング・ポール」を使ったダブルストックでの登り方の優劣を比較してみました。

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まず、平坦なところは、ランニングフォームを保てる「膝押しアプローチ」が有利。ランニングフォームをキープする際に両手のストック(トレッキング・ポール)は邪魔になります。 歩く分には邪魔にならないのですが、ストックを両手に持って走るとなると、それなりの走りの工夫が必要だと考えます。

次に、下りは、ストックを使えるのが有利です。大腿四頭筋にかかる負担をかなり減らせます。一方、「膝押しアプローチ」では、難しい下りの箇所ではそれなりの「下りの技術」がなければなりません。

最後に、登りは、「膝押しアプローチ」も、「ストック(トレッキング・ポール)」も互角でしょう・・。ただ足場が不安定なぬかるんでいる登り(雨天の場合)では、足がかりのほかに支点を求めることが出来るストックがあると登りで有利です。

まとめ
完走タイム15時間以上の選手の場合・・このペースでは、全行程ほぼ「歩き」となるので、トレッキング・ポールがあったほうが楽であり安全でしょう。

完走タイム15時間以内の選手の場合・・平坦なところではストックは邪魔になるので、登りや急な下りだけパートタイム的にトレッキングポールを使用するのがよい。特に路面状況が悪いときは使用が望まれます。

どういう選手だと、トレッキングポールが不要なのか?

「下りの技術」に優れて、「登り」にも長けている(「膝押しアプローチ」そのほかのテクニックを駆使して相当に早く登れる)選手ならば、補助手段としてのトレッキングポールは山耐の距離では不要と考えられます。
最近は、トレイルシューズが進歩しておりますので、トップクラスの選手では、進歩したシューズを上手く使いこなして、ストックの補助なくしてもバランスよく難路の斜面を安定した速さで登ったり、下ったりすることが出来るのかもしれませんね。

小河内吉哉さんに教えていただいた登り方

急な登りで膝頭を手で押し上半身の筋力を利用して登るというのは、「登山」ではおよそやらない登り方だろう。今までいろんな登山の本を読んだけれどそういった登り方は読んだ例がない。また、これは「ランニング」でもあるまい。今年の、2月青梅高水の試走で出会った小河内自衛官に、そのやり方を教えていただいた。

この登り方は、トレイルの講習会では、メジャーなもののであるようだ。けれども、講習会で教わっても、皆が皆上手に使いこなせているとは限らない。

思うに・・
①股関節が柔らかく、一歩で踏み出す距離が長い選手の場合(いわゆる long stride)。
②体の特に体幹のキレがよい場合。

この登りかたは、大変な武器になろう。小河内さんの実演(恐れ多くも実際に登って見せていただけました)を見て、そう感じた。小河内さんはとても体のキレがよい方で、スルスルと登って行ってしまう。これがもし体の切れが悪いと、やはり、左右の足を交互に出す「切り返し」にワンテンポ遅れる登りとなるのだろう。

早速、真似をして地元の横沢入りでやってみたが、なるほど!手を振ってオーバーアクションで駆け登るよりも①エネルギーロスが少なく、しかも②普通の駆け登りよりも、一歩で稼ぐ距離を長くすることが出来る・・更に多少足場が悪くとも重心移動が着実で滑りにくくしっかりと登ってゆけて、なかなかいいものだと感じた。
さらに③心拍も、手を振るオーバーアクションの登りよりは、かなり低いようだ。
④手を振って走り登らないから身体をひねり戻す無駄な時間がかからない、(お気づきと思うが、急な登りで疲れてくると、次の一足がなかなか出てこない、それをこの走り方はかなり解決してくれると思う。

5000mを16分で走りきる!程の高い有酸素運動能力を備えた小河内さんでさえ、このような堅実な登り方をなさっているのだから、私のような足の遅い者は、(レースに出るならば)迷うことなく見習うべきであろう・・と思った。

ところで、奥宮さんは、小河内さんがこういう風に速足で登るところも駆け上ってしまうらしい・・(凄すぎる!)。
だから、奥宮さんほどの優秀な身体機能を持っていない一般選手が彼の真似をして急な登りで駆け上がってもそのうちにバテるだけだと考える。 
5000mのタイムが17分より遅い人は、小河内さんを真似て積極的に速足で歩き登りましょう。その方が、エネルギー効率が良いようです。

追補

kurisukeさん情報だと、こういった登りかたを「なんば」登りというらしい、さらに、ゆぅさんによると「お尻」の筋肉を使うのだそうだ、・・私は、筋肉の使い分けができるほど、敏感でないので、自分がやってきた登りかたがどこの筋肉を使っているのか?なんてことは、よく分からない・・。要するに、楽に速く登れりゃぁ、それでいいのだ!

トレイルラン用のトレッキングポールが流行るか?

トランスジャパン、ツールドモンブランなどなど、出場資格が厳しく誰にでも出られるレースではありませんが、そんな長距離レースで活躍するトレイルランニング用のトレッキングポールは、長丁場のトレイルランニングの必要グッズになるかもしれません・・。

ストックの効用?~ 追補 ダブルストックの再評価

写真(サイズが大きく邪魔なので削除)は、レキのホームページより・・。製品はノルデイックウォーキング用のポールですが、こういうかっこよさは、トレイルランナー好みですね。(生憎 こういうカッコいいポールがわが国に輸入されているかはわかりません。)

http://www.leki.com/NordicWalking/products.aspx?prodid=152

http://www.leki.com/NordicWalking/products.aspx?prodid=151

http://www.leki.de/

http://www.leki.com/