☆トレイルラン、トレイルレース 雑感

山がそこにあるからだ。  (「甲武相山の旅」 2007年10月5日 収録記事)

最近はトレイルブームで、競技志向の高い方が山に走りに入るケースが多いようだ。

でも、レースがあるから、大会の試走のためという理由がなくても、山に向かう人は多い、・・というか、本来、そういった山々を日常生活の大切な一場面として生活している人がほとんどであろう。古典的なマロリーの名言「山がそこにあるからだ。」はまさに、古典であって、登山の基本であろう。

方や、いま流行りのトレイルランニング愛好者の方々の場合、「レースがそこにあるからだ!」といった理由で、試走のために、山に入ることが多いように思う、

青梅高水山でレースが行われれば青梅丘陵に入り、箱根でレースが行われれば、箱根の山に入り、北丹沢でレースが行われれば、道志の山に入る・・そして、ハセツネのために秋川の山に入る。

・・でも、登山というのはもっと、内面的な動機(レースがあるから山に登るのではなくって、レースなんかに無関係で、まさに生きてゆくために、その人がその人であらんがために山に入ることが必要不可欠であるために山に入る)によって行われるものだと思う。

確かに、レースというのは「切っ掛け」であって、レースを支えるのは内面的なものであるのかもしれないけれど・・。
レースがあるから山に入るというのは、どこか他律的で、私からすると何か制約を受けているようで、山に入っても開放感を味わえないように思える。

レースにもたまには出るけれど、レースがなくっても、山が好きだから、自分が生きてゆくために大切なものだから山に入る、そういう山が好きな人なら 私は大歓迎です。


takigoyama様 御撮影

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トレイルラン、トレイルレース雑感 (「甲武相山の旅」 2008年6月22日 収録記事)

「トレイルランニングは楽しい!」といった売り文句で、トレイルランニング関連雑誌が出版されている(今になって気がついたけれど奥宮自衛官のブログタイトルと同じ文句ですが、けして奥宮自衛官を批判しているわけはないので念のため・・苦笑)。

されども、一般的には(医学的には、といっても良いだろう)、健康に良いのは、ウォーキングであり、ジョギングは、あまり薦められてない。ましてや、マラソンなどは、健康に良いといって薦めるお医者さんはまずいないのではないか?

はっきり言ってトレイルランニングは、街中のジョグやランニングよりもきつい、また不整地を走るので、転んだり、捻挫をしたり怪我をしやすい。山を「歩く」ことよりも、よほど身体にかかる負荷は高い。

街中のウォーキング>街中のジョグ>山道歩き>トレイルランニング

の順で、要するに、身体に与える負荷は、一番高い運動である。
ごくごくありきたりの体力の持ち主にとってはけして「楽しい!」代物ではない。

ただ、雑誌を読むと、そういった「キツイコト」が緩和されて、かっこいいウェアと、機能的なザック、シューズの宣伝・・駄目押しで美しい自然の写真に「もしかしたら、山道を走れるのではないか?」と思うようになり・・、「山を走ってみよう!」と思い立つように仕組まれているから、こういった雑誌は怖い。

以前、新ハイキングの方に伺ったが、CW-Xと、ダブルストック、アミノバイタルがあれば、難コースであっても「自分にでも歩けるんだ!」との根拠がない自信が出て来るそうだ。同じことが、トレイルランニング雑誌の、宣伝ページによって行われていないか?疑問である。

要するに、山を走るということは、雑誌に書いてあるほどにカッコいいものではなくって、気安く取り組める物でもない、もっと汗臭くって、泥臭いものなんだということ、更に、捻挫とか、怪我や故障が起こりやすい、身体に与える負荷が相当なものであるということ、そういったものをもっと、こういう雑誌は正直に書くべきであろう。

これが、一種の、つくりあげられたトレイルランニングの「虚構性」といえよう。

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更に、トレイルランニングには大きな「共同幻想」がある。いろんなレースがこれである。

レースがあるから、レースの開催される山に行ってコースを走ってみる・・これは、まさにレースがあってこそのトレイルランニングであって、トレイルランニングとレースが不可分密接の関係にあることの例証であり、純粋に山を楽しむといった、従来の登山の発想とは、根本的に違った思考をそこに見ることができる。

従来の登山でこれに近い発想といえば、日本百名山があげられよう、百名山の山だから、わざわざ九州とか、四国とか、北海道にまでに出かけていって、登る・・そういう登山をなされてる方も多い。深田久弥が決めた価値基準に従っているだけで、独創性がない!とか、いろんな批判ができよう。

同じように、レースがあるから、そのコースを走るんだといった方にも、百名山派に対してと同じ批判をなすことができるだろう。

・・確かに、レースに参加して、自己ベストのタイムを狙うのは、励みになるのかもしれない。また、レースを通じて仲間と交流するのは楽しいかもしれない、またそういった経験をブログなどで公開すると、ネット上の仲間も増えて、アクセス数も増えるのかもしれない、・・けれども、最近増加中の各種トレイルレースに関して私はどことなく、「興行性の高さ(ひと言で言うならば『商売(金儲け)』)」、「作り物」を感じてしまうのである。

トレイルランナーは、興行性の高いレースに依存するのではなく、レースで順位を競うばかりではなく、その培った体力と、経験を踏まえて、自分自身の走りたいトレイルを走るというトレイルランニングを実践すべきではなかろうか?と思う。

レースに「共同幻想」を見ているトレイルランナーは、レースから離れられないだろうが、「レースを離れてトレイルランニングを語れるトレイルレーサーが、近い将来現れないかな?」と密かに期待している今日この頃である。

<追記・・あれこれ思うことの雑記メモ>

①山岳は、走ってしか楽しめないものなのか?また、そういう楽しみ方が果たして「可能」なのか?

②レースというのが山の楽しみ方の一つとして社会的に認知されるのか?
市民マラソン大会のように、各種のトレイルランニング大会が今後開催されるだろうが、知名度はいまだ低い。

③最近気がついたが、要するに、「レースが好きな人」がこういう大会には参加している。
健康のために街中でジョギングしている人は多いが、みんながハーフやフルの大会に出ることを考えているわけではあるまい。
同様に、山が好きな人が、皆、トレイルレースに出ることを考えているわけではない。

レースが好きでない人、レースに興味を持っていない人も、(社会には当然)いるわけであり、そう人の価値基準も頭に入れて行動するべきであろう。

④「レースが好きな人」が、かっこいいウェアを着て、ハセツネ前には、秋川の山間を走り回るわけだ・・、

⑤レースでそこそこ速く、そこそこ名の通った方のブログを読むと、その方の価値基準が読めて面白い。もちろん、文章に書いてあることのみを読むのではなくって、書いてないこと、何を書いていて、何を書いていないか? 時に何をし・て・い・な・い・か?要するに 「不作為の部分」を読み解くと、彼らの本音(思考パターン)がつかめてくる。(もちろん、私のところでリンク表示を設けてあるWebSiteの管理人の方は、いい人ばかり、⑤に書いてあるのは、リンク表示を設けていない幾つかのブログを読んでの感想です。・・これも誤解を避けるため念のため。)

「草レース」の発想

※ 引き続き、「甲武相山の旅」から移した記事です。重要性はさほどないか?とも考えるのですが、とりあえず移しておきます。

先日の沢の遡行記事をほぼ書き上げたのですが、公開には躊躇している。
単独での、沢登りや、クライミングは危険であるから真似をする人がでて事故でも起こらないか?
危険な内容の登山記事は公開しないでおくのも「良識(思慮分別をわきまえた選択)」であるからだ。

振り返って、私がトレイルランニングに関して記事をあれこれ書いてきたのは、それが、安全なスポーツであり、死んだり、怪我をする心配がないスポーツだからである。(ちなみにその前には、いわゆるヴァリエーションルートの記事を書いてきたが、これは自然保護の観点からよろしくないと考えて、いまではほとんど書いてはいない。)

トレイルランニングの記事は、それが舞台が一般ルートであるので、自然保護の問題も少ないし、安全であり、書きやすい。
トレイルランニングは、健全であり、安全なスポーツである。

This site dedicated to all Trail Runners

初心にかえって、この言葉を掲示しようと思う。

私のことをトレイルランニング反対論者と捉える方もいるのかもしれないが、少なくともそれは間違っている。

いろんな情報を総合すると東京ハセツネクラブの幹部の方々は、ここを敵視しているようであるが、それは、たまたま日本山岳耐久レースが私の故郷の山で行われるから、ふるさとの山々を愛し、それを守る立場から厳しいことも言わざるを得ないからである。

こうした私の立場を評して「敵」と考えて、あれやこれやと手段を講ずるのなら、それでも構わないし、それならば、ご希望通り本当に敵になってレースを潰してあげましょうか?と思わないこともない・・(苦笑)。

とまぁ、日本山岳耐久レースに関しては厳しいことを書いているが、基本的に、よその(故郷の山ではない山域)山で行われるトレイルレースに関しては、とやかく言わないことにしている。北丹沢や、青梅高水、名栗、そのほかのレースに関しては私は中立であり、関与しない。

でてきたついでに、「北丹沢」の申し込みがもう始まっているようだが、料金をみると8000円とある。・・高いんですね。それで、参加者が1800人、じつに由々しき人数です(注 この記事は、2009年に書き上げたものです。)。

レースで優勝して有名になりたい!という向きにはお勧めではないけれど、ごくごく一般的な体力のランナーの場合は、mixi などのcommunity で トレイル仲間を誘い合って、10人、20人ぐらいの小規模なレースを自主開催すればよいと思っている。
費用負担は実費のみ、完走Tシャツが欲しければ仲間内で作ればよいし、記録を公開するのならネット上に公開すればよい。 マスコミに騒がれないだけで、あとは、本番さながらのレースができるだろう。渋滞も起こらないので、本番よりもタイムがよいかもしれない。

そんな風に仲間どうしでサポートしあって自主レースを行う形態(草レース)がこれから増えれば、大規模なレースは不要となるだろう。

振り返ってみると、去年の夏の大イベント、トランスジャパンも参加者は20名ぐらいで、規模としては、草レースの規模だ。
ただ、いろんな雑誌に取り上げられてメジャーになっているけれど、基本は、好きなものが誘い合って、自己責任で行う草レースであろう。

不景気でもあるし、費用のかからない小規模の自主開催レースが、これからのトレイルレースの一潮流になれば、自然保護団体の厳しい視線からも逃げおおせるかもしれない。

☆信越五岳トレイルランニングレース

信越五岳トレイルランニングレースが、5月10日の受付開始から一週間も経たないうちに早々と締め切りとなりそうだ。去年は8月ぐらいまで受付が可能であったように思うのだが、第一回のよい印象が幸いして第二回となる今年は参加希望者が殺到しているのであろう。

参加予定者の中にはもちろん、ハセツネにも参加予定の選手もいるだろうけれど、日本山岳耐久レース(ハセツネ)ではないレースが、盛んになるのは喜ばしい限りである。

参加人数制限、自然への配慮、などなどハセツネスタイルのレース運営ではない新しい運営方法が、これからの主流にならねば、トレイルの大会は今後存続が出来なくなるであろう。

それと、今後海外のレースに出場を希望する選手にとって、ハセツネはもう狭い世界でしかないものとなっている。信越五岳は今年110キロとコースを延長したが、ツール・ド・モンブランなど海外の100マイルレースを見据えるならば、半分にも満たない71.5キロのハセツネの舞台はもう時代遅れとなっている。これからは、グローバルスタンダードとして100キロ、160キロの時代なのだろう。(かといって、奥多摩山域で、160キロのレースを開催されても困りますが・・苦笑)

信越五岳トレイルランニングレース


5月19日 追記 定員となり募集を締め切ったそうです。
以下、ホームページより引用させていただきます。

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定員になり募集を締切りました。ありがとうございます!
2010.05.19 [エントリーについて]

5月18日に入金済みで定員の先着520名(地元枠含む)を超え募集を締切りました。ありがとうございます!以前からご案内していますように、エントリーは入金先着順の定員締切りとなります。エントリー済みでまだ入金前の方は、これ以降の入金処理はされないようお願いいたします。締切り後の入金分に関しては、手数料等の諸経費を差し引いた金額を返金することになりますのでご注意ください。
5月10日に募集を開始し、僅か9日間で定員を超えました。110kmという日本最長の距離、2泊前提、多額な交通費等、申し訳ないと思うほどの高いハードルがありながらこのエントリー状況は、多くの人達からこのレースに高い評価をいただいていると思っております。また、プロデューサーを務める石川さんの「自然と共存しながらトレイルランニングの楽しさを感じてもらいたい」というメッセージに対する支持とも思っております。これからレースまでの4ヶ月間、トレーニングを積み、体調を整え、万全の状態でおいでください。私達レーススタッフも熱い思いで準備を進め、皆さんを迎えたいと思います。

企画運営委員長
競技委員長   久井 実

(引用 はここまで)

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この久井様の文章を拝見していると、熱き気持ちが伝わってまいります。これと同じ気持ちを、あの青梅高水トレイルランを主催なさっていらっしゃる青梅市トライアスロン協会の大西さんの文章からも読み取ることが出来ます。

ハセツネスタイルではない、より思慮にあふれたトレイルランニングの大会が、わが国の最高峰のトレイルレースとなれば、トレイルランニングというスポーツ自体の品格のレベルアップ、競技者の意識のレベルアップに繋がり、ひいては、社会の理解も得られ、永続的な大会開催が可能となりましょう。

信越五岳が今後の主流になれば、ハセツネ一辺倒だったこれまでのトレイルランニングの世界の流れが多少なりとも変わって来る筈です。

宮地藤雄さんのこと、奥宮俊祐さんのこと

2007年12月のみたけ山山岳マラソンのときの宮地藤雄選手(lafuma 所属 12位)、このあとレースが終わって久原さん(旧姓 原)、その他のNATURAのメンバーと蕎麦屋でお話ししているときに彼と初めてお話したように記憶している。
その後、五日市駅のロータリーで、偶然出くわして、その時は彼のほうから声をかけてくれた。 憶えていてくれるのはありがたいものである。

そういえば、げんぼさんが、裏TTRで、永山公園にたどり着くときにジープロードでげんぼさんを待っていると、ちょうどその日(数年前の5月)は、彼の講習会の日だったようで、・・先頭を走る宮地さんに挨拶していただいたことも今でもよく憶えている。

彼は礼儀正しく、話していて気持ちのよい若者だ。
去年は、青梅高水の会場で大きな声をあげて選手を一生懸命誘導していた。

今回のレースの為にたくさん初心者向けの講習会を開いて、そのおかげか、15キロの部も定員に達したようである。
(ハセツネ17キロのほうは、定員に達しなかった筈である。)

完走者名簿を見て女性選手が多かったのは、宮地藤雄さんの影響かな?
(15キロの部 完走845名の中で、女性選手は、231名)

青梅高水も、宮地藤雄さんのような選手が専属でいると、これからも安泰だろう。

ところで、上の写真のみたけ山山岳マラソンの日には、その年にハセツネ2位の、奥宮俊祐さんもいらっしゃり、スタート前に久原さんに紹介していただいた。(このように、宮地さんも、奥宮さんも、久原万里子さん経由である、であるので、私は久原さんには頭が上がらない(笑)。)

当日のみたけの大会で優勝したのは、奥宮さんだったように記憶している。・・いまさら書くまでもなく、奥宮さんは立派な自衛官で、この方もよい方である。

奥宮さんも、今では、いろんな講習会を開催されて、トレイルランの普及にがんばっていらっしゃる。
(18日に行われる彼を看板にした日原のレースが彼の名声に影をささないか、多少不安ではあるけれど・・。無事に、事故もなくトラブルもなく行われることを願いたいものだ。)

今度の同日開催では、宮地藤雄さんは、青梅高水のほうで、スタッフ兼選手として、奥宮俊祐さんは、ハセツネ30kと、分かれてしまったが、それはそれで選手として抱える事情というものが在るのであろう。

スタイルこそ違えども、お二人の自然を愛する気持ちというものはよく伝わってくる。

トレイルランというスポーツは素晴らしいスポーツで、選手にも、大会運営者にも立派な人が多いが、残念ながら、そうでない選手や、そうでない主催者もいるわけであり、手放しでは喜べない現状である。

今回、4日に、ハセツネのほうを見にいったのは、やはり、主催者の運営が心配になったからに他ならない。

これからは、宮地藤雄さんや、奥宮俊祐さんのような若手の方が、大会の運営改善にも積極的に乗り出していって欲しいものだと思っている。

そうなれば、私がここで、あれやこれやと批判的な記事や厳しい意見を書かずに済むし、自然保護にいろいろと懸念をいだく心配もなくなり、トレイル大会に左右されずに好きな山に行けるからだ。 

軍人らしく公明正大に!~奥多摩巨岩渓谷トレイルレースを巡る幾つかの疑問、

奥多摩巨岩渓谷トレイルレースを巡る幾つかの疑問、

私が応援している奥宮俊祐さん(陸上自衛隊大宮駐屯地第32普通科連隊所属)がプロデュースすると言う、奥多摩の日原の山を舞台にした「奥多摩巨岩渓谷トレイルレース」がここに来て多少トラブっているようだ。

奥宮さんへの応援として、アドバイス代わりにいくつか思いついたことを書いておくことにしよう。

主催者は誰なのか?

・・主催者はサバイブという方だそうですが、これはハンドルネームであって本名はわかりません。ホームページをみても主催の方の本名が出ていません、連絡先しかりです。世に参加者を集って、東京都が管理する公の登山道を使ってレースをしようというのですから、いろいろな場合に備えて、きちんと主催者の氏名と連絡先(電話番号、事務所があるのなら事務所の住所)を明記するべきでしょう。
そういったことを公開すると、反対派の意見や苦情も、寄せられましょうが、それはやむないことです。

尚、私が得た情報によるとサバイブさん自身は、日原の生まれ、在住ではないとのこと。(近親に日原出身の方がいるそうだ。)

どういう仲間たちと計画しているのか、背後にいるスタッフが不明瞭です。

・・サバイブさんは、奥宮さんの自衛隊の先輩だという情報も耳にしていますが、いまひとつ不透明です。M企画というハセツネクラブ関連の人がちょくちょくブログに顔を出しているので、東京都山岳連盟の宮地由文氏つながりの人間が企画スタッフにいるのではないかな?

はっきり言って、東京都山岳連盟がサバイブさんと言う人を表向き使って、裏で糸を引いているような気がしないでもないところ・・。直接的なスポンサーのほかにもハセツネ関連のアドバイザーがいるのではないか、レースをやるとなると、資金のほかにノウハウがいるものです。

奥宮さん自身は、裏表のないすばらしい人柄であるのですが、かれのその人柄を利用して・・という不心得者に彼がかつぎ上げられてはいないか、いささか心配です。

今回、ルートの変更がなされたようだが、その経緯が不明で、公開がされていない。

・・自然保護の立場から当初のルート(カロー谷沿いに登って板形尾根上の仕事道を登るルート)に文句がつけられてやむなくルート変更(ヨコスズ尾根という一般ルートに変更)に至ったと考えられるが、そのような事情・経緯は、包み隠さず速やかに公開するのが、トレイルレース愛好家のためにもなるし、トレイルレースを快く思っていない人の「理解」を得るために必要と考える。

ツール・ド・谷川、ハコネ50k同様、そういうことを主催者が積極的に公開しないのは、いささか問題である。

以上、

いずれにしても、

奥宮さんには、せっかくの機会なのですから、軍人らしく、公明正大に、心の底まで開けっ広げで、包み隠さずにやって欲しいものだと考えます。

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追補

タワ尾根でレースをするのはナンセンスではないか??

以下は、「奥多摩の山と自然」という当地の四季折々の山岳情報を発信している有名なホームページの管理人で奥多摩の自然を語らせたらこの人の右に出る人はいないという方にご意見を伺った際の、お返事です・・。


30kmはともかく、10kmは少し考えさせられますね。

タワ尾根を使うとのことですが、まぁ百人規模ではすぐに自然環境への影響云々ということ考えなくとも良いとは思います。

が、(個人的には)折り返しということで、タワ尾根末端の急斜面はレースには危険度が高すぎるのではないかなぁ? と不安になります。それに4月ともなれば一般の登山者もそれなりに訪れる場所、すれ違いにも苦労する場所です。…因み、自分だったらここを下っているとき、後ろからランナーがきても、下りきるまでは道を譲りません^^;

またタワ尾根の一石山周辺は、山行の最も本質的な一つでもある素晴らしい林相が形成されている場所、穿った見方をすれば、レースにとらわれすぎて?、あの周辺の山の特徴や良さ、登山者の動向もよく分からない方が計画している、とも勘ぐってしまいます。

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追記

大会主催者の、緊急時の連絡先などが一向に不明なので、レースの現場に遭遇した一般ハイカーなどのこの大会に対する各種意見などは、以下のところに電話をして申し述べるのがよいと考える。

奥多摩町観光協会
〒198-0212 東京都西多摩郡奥多摩町氷川210
電話0428-83-2152 Fax 0428-83-2789

奥多摩町役場/ 〒198-0212東京都西多摩郡奥多摩町氷川215-6
電話0428-83-2111(代)

奥多摩消防署/ 〒198-0212
東京都西多摩郡奥多摩町氷川952
0428-83-2299

青梅警察署/  〒198-0032
東京都青梅市野上町4-6-3
0428-22-0110(代表) 警備係又は奥多摩交番まで

祝♪ junさん 準優勝(女性の部) 信越五岳トレイルランニングレース100k

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ダワ選手(第一回ツール・ド・モンブランの優勝者 シェルパ族出身のトレイルランナー)とツーショットでご満悦なjun!目が点になってます。スタート前日のイベント会場にて・・目指せ!ツール・ど・モンブランより引用

恐縮ながら、たまには、トムラウシ以外の明るいネタもトップに飾らせていただこうということで・・苦笑!

知り合いのあんさんからの情報(大会事務局に確認済み)では、先(22日~23日)に行われた信越五岳トレイルランニングレースで、suuさんの奥様 junさんが見事準優勝(女性の部)を飾ったそうです。 立派です!!

ちなみに、同じく女性6位は、樋渡さんの奥さんのmimiさんで、まぁこの方は常連ですな・・(爆)。
mimiさんのレースレポート

もちろん、情報をお寄せくださったあんさんも、時間内完走されたそうです。パチパチ!!

suuさん、junさん そして mimiさん あんさん オメデトウ!!

junさんは、先のツール・ド・モンブランのCCCでも相当な上位でゴールされており、もう世界レベルの女性トレイルランナーに成長されてしまったようです。
嬉しいやら、寂しいやら・・笑

awardedbyHiroki
表彰式の様子・・mimiさんのレースレポートをご参照ください。
2位の表彰台にのぼって月桂樹の冠を被っているのがjunさん。手前は、6位入賞のmimiさん

※大会事務局に問い合わせたところ、まだスタッフは、エイドの撤収作業が終わらず、大会ホームページへの記録(リザルト)のアップも遅れているそうです。スタッフの皆様も、選手の皆様もお疲れ様でした。

トレイルブームの終わりの始まり、

トレイルブームの終わりの始まり、

山と渓谷社の新刊案内のページを見ると、自転車雑誌の新刊が目にとまる。ランナーズ社で出しているファンライドと言う自転車雑誌は、なんと月刊誌であり、トレイル雑誌が、たいてい年2冊の季刊発行であるのに比べると自転車雑誌は購買層が広くまた深いのであろう。(また、そもそも、山渓が自転車雑誌を出すのは興味深い。)

さて、このたび行われたノースフェイス主催の「ツール・ド・モンブラン」で、鏑木選手、横山選手、間瀬選手などなどわが国の有名選手が、上位に入ったと言うのは、よく聞くニュースであり、それはそれで喜ばしいことである。

今年、あのレースに参加したsuuさんのブログを拝見していて、第一回のレースの優勝者が、シェルパの人だと知った。また、山の世界と同じようにトレイルランの世界にもシェルパ族のトレイルランナーがいるんだとも分かった。

そして、・・世界の強豪ランナーについて余りにも知らないなぁとも感じた。

私はトレイル雑誌を見ていないからそうなのかもしれないが、日本国内で開催されるトレイルレースには、そういった世界レベルのトレイルランナーが出場しないので、国内のトレイルレースを見ているだけでは、視野狭窄に陥ってしまうのである。

振り返ってみると、あのトランスジャパンアルプスレース(TJAR)にも、世界の強豪選手は出ておらず、わが国の一握りのトレイルランナーだけが出ている。日本山岳耐久レースまた然りである。

今月行われる信越五岳トレイルレースには、世界レベルの選手が出るのであろうか?

意地の悪い見方をするならば、そういった世界レベルのトレイルランナーを大会に招待すると、信越五岳では石川弘樹氏、トランスジャパンでは田中正人氏、それぞれの栄光が霞んでしまうからなのかもしれない。

招待できないのではなく、招待しないのではなかろうか?
・・極論するならば、有名選手が己の人気を維持するための大会利用という印象を受ける。

有名トレイルランナーは、自身の知名度を維持、向上させることよりも、わが国のトレイルランニング愛好者に自身よりもはるかに優秀な世界のトップレベルのトレイルランナーの存在を知らしめるべきであろう。その方が、後の世に評価されるはずである。

似たようなことは、私の故郷の山を舞台にして行われるあのレースについても言える。

日本山岳耐久レースをトレイルランナーの祭典にしてゆきたいと言うのが表向きの主催者の狙いのようだ。

ところが、現実には、有名なパタゴニアや、ノースフェイスといったアウトドアメーカーは、スポンサーに名を連ねておらず、そういった会社は、このレースを見限って、独自路線をわが国で展開して行こうとしているように思える(信越五岳トレイルレースがそのひとつ、パタゴニアがスポンサーについている)。

また、日本山岳耐久レースには、今年もいまのところ世界レベルの有力選手が招待されるようなことも無く、閉鎖的な島国のなかの、これまたさらに狭いトレイルランの世界での順位争いが毎年繰り返されるに留まっている。

・・これは、主催者の見識が狭く、世界レベルの選手とのコネクションが無いから招待することも出来ないのであろう。

腹黒い言い方であるが、毎年毎年、2000名を集めてレースを繰り返してゆけば主催者には、一定の収入が入るので、それで満足なのではないかな・・?つまり、主催者の狙いと言うのは人寄せのための表向きなものであり、腹のうちでは、自分のことしか考えていない、そのように思えるのである。

有名なアウトドアメーカーはそうした腹のうちが読めるので、この大会から離れていってしまったのであろう。
さらに、最近は離れていったのは、スポンサーだけではなくこれまでの大会を支えていた登山家のスタッフもいまが潮時と離れていったようだ。

で、後に残されたのは、数年前のトレイル雑誌の記事を見て、いろいろと吹き込まれ、かって良かった頃のこの大会の名残をいまだ追い求めているトレイルランナーである。

有名トレイルランナーは、自分の栄光や実績作りのためにトレイルレースを利用し、大会主催者は、自分の手の内で、そういった選手を育てて、一種の飼い猫にしようと企図し、狭いわが国のトレイルランの世界を、その狭い見識で、牛耳ろうとしてるのであろう。

世界にはこんな素晴らしい選手がいるんだよと、自分よりも優秀な世界の強豪選手を情報不足のわが国のトレイルランナーに教えること、大会主催者は、ひとりでも多くの有力選手を海外から招いて、わが国の選手と競わせること、そうしたことが無ければ、わが国のトレイルランは、先細りとなり、2~3年後には、終焉を迎えることだろう。

垂直志向から水平志向へ、

あの鏑木毅さんが、アメリカのトレイルレースで2位になったそうだ。100マイル(160キロ)も走るレースなのだそうである。
私には見当もつかない距離である。

私に見当がつくのは、無酸素で8000m峰に登ることとか、3000mの岩壁を、60数時間で登ることとか、そういったことなら登山記録を読んだこともあり、(自分に出来る出来ないにかかわらず)ある程度は見当がつく。

無酸素で8000m峰に挑戦することか、160キロのトレイルレースに出ることのどちらかを選べ、となると、これは迷うことなく、前者である。
そういう登山をやりたいと思って今までトレーニングを積んできたわけだし、たとえそこに死の危険が潜んでいようとも、登山を志したものならば、迷うことなく、無酸素での8000m峰登頂を希望するだろう。

ところで、ハセツネの元は、あの長谷川恒男氏が、ヒマラヤの壁を目指して奥多摩の山々でランニングトレーニングを積んだことにある(←この事実の真偽はともかくこれが公式見解である)。
長時間の有酸素運動が、心肺機能を高め、体力の増進にもつながるので、長距離のランニングがヒマラヤを目指すアルピニストのトレーニング方法のひとつというのは納得がゆく。また、アタックベースキャンプから、山頂を往復して戻るまで、酸素を吸っても24時間近くかかる場合があるといった事実を踏まえ、そのシュミレーションとしても意味もあったわけだ。

つまり、ハセツネのおおもとは、トレイルランニングでもなんでもなく、それはヒマラヤを目指したトレーニングであり、登頂シュミレーションである。
とすると、・・・本来、ハセツネの先にあるべきものは、8000mの無酸素登頂である。

ところが、現実はさにあらず、ハセツネの先に参加者が見るものは、ツール・ド・モンブランであり、アメリカ等のいろんな100マイルレースとなってしまっている。
と同時に、競技指向が強まり、今のハセツネはタイムレースとなってしまっている。・・本来は、完走(=ベースキャンプへの生還)に意味があったはずであるのに・・。
気がつくと、ハセツネはいつのまにか、国内最高峰のトレイルレースになってしまった。

アルピニズムが下火になっている時勢を受けて、ハセツネの役割は既に終わったものとして、潔く中止にするべきであったと考えるが、主催者はトレイルレースに活路を見出したかのように、中身を、トレイルレースへ変容させて、トレイルランニングのレースへと変化させてしまった。

これは、ひとりの人間になぞらえると、ヒマラヤの8000m峰の無酸素登頂を狙っていたものが、それは諦めて、アイゼンもピッケルもほっぽり出して、今度はアメリカの100マイルレースに出ることにした・・ようなものである。冬季に雪山に行くのをやめて、マラソン大会に出ることにした・・ようなものである。山岳部に入っていた学生が、陸上競技部に入り箱根駅伝を目指すようなもの、社会人山岳会に入っていたものが、ランニングクラブに入り、サブスリーを目指すようなものである。

衣替えに伴い参加者の価値観も変わってゆき、難しい穂高のルートを登った、深い雪のラッセルをしたなんていうことよりも、フルマラソンのタイムや、ウルトラマラソンのタイムの方が重要視される。キスリングを背負って丹沢の表尾根で歩荷トレーニングをした話よりも、月に何キロ走り込みをしたなんていうランナーに受ける話しの方が顔を利かせる。

参加者にとって「英雄」とされるのも海外のトレイルレースに出てよい成績を残している「トレイルランナー」の鏑木さんであり、石川弘樹さんである。

こんなふうに、今のハセツネはすっかりトレイルランニングの大会になってしまった。

たしかに、登山にとっても有酸素トレーニングは有効ではある。しかし、究極の目的が、ヒマラヤの8000m峰の登頂と、100マイルレースとではだいぶ違う。
無事に登頂して疲労でボロボロになってようやくベースキャンプに帰還するのと、多くの観客の喝采に包まれて華やかなゴールゲートをくぐるのとでは、やっていることがだいぶ異なろう・・。

鏑木さんには申し訳ないが、山が好きな私個人としては、無酸素で8000m峰に登ることのほうを選ぶ。
160キロのレースで2位に入賞することは偉大なことなのであろうが、山が好きな私は6000m、7000mといった高い山に興味はあるが、長く走ることにあまり魅力を感じないのである。

ひと言で言うと、ハセツネは、かって垂直志向であり、8000m峰登山のための大会であったが、いまはすっかり水平志向となり、長距離トレイルレースのための大会となっている。

ハセツネその他の国内トレイルレースで名をあげた鏑木さんや、石川弘樹さんは、ハセツネの倍以上の距離の海外のトレイルレースにでて活躍し、トレイルランナーの進むべき道を身をもって示されている。

けれど、そういったトレイルレースへの流れに違和感を感じ、流行に乗らない人たちも、確かに存在するのである。

余暇としてのスポーツ

余暇としてのスポーツは、タイムの速さではなく、意識の高さで勝負するべきである。
タイムで勝負を争うのは、スポーツを生業(なりわい)とする者である。

いわゆる市民アスリートは、意識の高さへと「価値の重点」をシフトするべきであろう。
プロ・スポーツ選手のまねをする必要はさらさらないのである。

考えようによっては、余暇としてスポーツを楽しむものはプロ・スポーツ選手よりも高い意識を具現することが出来る可能性がある。

余暇としてのスポーツを楽しむものに、速さという価値基準は個人的満足以上の意味がないことを、まずは運動している本人自身が深く認識し、自戒するべきである。

トレイルランナーと登山家、ハイカーとの心理的特性の違い

最近は「すこし冷めた目線」でトレイルランを捉えるように意識的に心がけている。このテーマは最近私が記事でよく触れるテーマであるが、ここにコンパクトにまとめておこう。ア・プリオリに「トレイルラン万歳!」といった論陣を張るのはあまりに幼稚であり、いろんな立場にたって思考してみることが大切だからである。

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登山のガイドブックを読んで、或いは知り合いの山仲間から情報を仕入れて、はたまた最近流行のブログから、どこそこに行ってみたいと思うようになり、時間の都合をつけて、出掛けるといった登山のパターンをするものと、年間に5つ以上のレースに申し込んで、レース中心の一年を送るものとは、心理的特性に歴然とした差があってしかるべきであろう。心理的特性に差がないと考える方がおかしい位である。

トレイルレースに関しては、単に、登山道でそういったレースを行って良いのかといった自然保護の観点からの議論の他に、そういったレースフリークな方を山に迎え入れても良いのか、といった観点からも議論されるべきである。彼らは、登山家や、ハイカーといった人たちとは異なった心理的特性をもっているからである。

要するに登山家や、ハイカーと年に数レースも消化する市民アスリートとは趣味、趣向が異なるのである。

例えば、私などは、あのレースのルートは、積雪期に単独で歩くのが一番困難で体力も必要だと考えるのであるが、トレイルランナーの多くは、レースで仲間と競い合って、力比べをしてその結果をまた日々の励みにしたいといった風に受け取っているようである。
こんなふうに何をもって困難とし、克服されるべき課題とするか、その第一歩のテーマから、趣味趣向が違うのである。

またさらに厳しい自然と向き合って、それとの対話をもって喜びとするか、レースでの仲間との競い合いとその結果をもって喜びとするか、心が満足する基準も異なるのである。

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アンチ・トレイルレースの方々のために・・

トレイルランナーの多くが感じるレースでの高揚感は、レース仲間との心理的一体感、連帯感が元になっていると推測される。
他の記事でも書いたが、それは日本のお祭りにおける神輿かつぎの一体感、高揚感にも似ている。

その一体感や連帯感を感じる連中が、レースを離れた場でも、グループを作って一定の意図のもとになんらかの活動を行うときは、これはすこし警戒するべきである。

共同体験であるレースにいくつかの策を施すことによってそういった心理的一体感や、連帯感を極めて作り上げやすくなる。
レースと言うものは、基本的にそういった危険性を内包するものである。

人心を操る才がある者は、ほとんど本能的にレースをそのようなものへと利用するだろう。