☆ 競技志向のないトレイルランの薦め

前説

先日、富士登山競争があって、なんでもこのレース、ゴールの関門が厳しく4時間30分だとか、で、どこかのブログで読んだのですが、関門制限にひっかかった選手が、悔しいのか?泣いていたそうだ。
山のレースで、ゴール出来なかったくらいで泣くことはあるまいと思う。知り合いが遭難死してしまったというのなら泣くのも判るが、単に厳しい関門制限にひっかかったぐらいで泣きだす心情が私にはわからない・・。

わからないと言うべきか、むしろ、そこに「空恐ろしさ」を感じる。そこまでシリアスに取り組むのには、すこし問題があるように思う。

例えば、山耐で、シリアスな顔をして、あたりかまわず思いっきり走るなどといった行為は、当然注意散漫となり他の登山者の迷惑になりかねない。(登山道の向こうから、真顔の人間がいきなり走ってきたら、誰だって恐怖心を抱くだろう。狂人が走ってきたのか?と思うかもしれない。)

レースという状況は、あたかも戦争のように人の心を変えてしまうのかもしれない。自分が出せる力以上のものを出そうとして、尋常の域を超えて夢中になり、身体に負荷をかけすぎて、ついに心不全とかで死んでしまうなどはこの類である。

レースという一種独特の場に参加する選手がもつ、アドレナリン全開の「一種異常な心理状態」というものを、私は少し理解できない。・・正確には、理解できないのではなくって、むしろ肌身にひしひしと感じて、嫌悪感すら感じてしまう。

もしかしたら・・それは日頃抑圧された凶暴性の発揮であるのかもしれない、だとしたら、レースに参加している人は、日頃のストレスを、レースで自分を解放することによって、解消しているのかもしれませんね。(レースに参加する選手が抱く高揚感(ハイな気分)というものは、格好のストレス解消の手段なのであろう。 )

もちろん、私もストレスが溜まっていらいらした時は、怒鳴ったり、多少気が荒くなったりするけれど、生命に危険な山では、凶暴な感情に身を任せるということはしない。そんなことを山でやったら、しっぺ返しが自分に来るから・・。(それに、誰もいない深い山の中で、ひとりあたりに怒りを撒き散らしてもなんにもならないし、むしろ滑稽ですらある。)

「レースとなると、競い合う他者がいて、自分ひとりでは、出せない力を出すことができる。」といった良く聞く言辞は、冷静に考えると、一種の集団心理、群集心理に近いものがあって、何かが危ない・・。ファッショ的な心理状況がそこにあるようにさえ、感じてしまう。

なぜレースをやるのか?なぜ競技形式なのか?

「レースをやると、客観的に自分の実力がわかるのでよい。」・・これはひとつの理由ではある。でも、自分の実力を知りたいのなら、年に一度、あるいは二年に一度、レースに参加すれば十分にその目的は達成できるのではあるまいか?
青梅高水→志賀野反→北丹沢→御嶽ウルトラ→奥武蔵→山耐→陣場→御岳・・といった風に、年間に7から8レースも消化しなければ自分の実力がわからないのであろうか?

レースには、恐らく、「高揚感(ハイな気分)」を味わえる「麻薬」の作用があるのであろう。

と、同時に、「みんなで何かをする」と言った群集心理、集団心理に身を任す「開放感」、「連帯感」、「集団に帰属する安堵感・安心感」さえも、そこにあるのかもしれない。

トランスジャパンにしても、もしレース形式でなかったら、参加しなかった選手が結構いるのではなかろうか?レースがあるから、やってみよう!と言った発想は、登山家の見地からしてみれば、他人の規律に乗ることを意味して、他者追随的であり、独創性、独自性に欠けるものと捉えることができるだろう。

本当に、日本縦貫してみたい人ならば、レースの枠にとらわれずに、自分の思いのままに挑戦して、実現してしまうだろう。

レースになると、仲間意識に依存することができ、また自らの行為の正当化、社会化(反社会的な行為ではないと言うこと)することが容易となる。上に書いたとおりの、、「みんなで何かをする」と言った群集心理、集団心理に身を任す「開放感」、「連帯感」、「集団に帰属する安堵感・安心感」さえも、そこにあるのかもしれない。

こんなところに、レースに参加する人の心理を読み取っている。

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(長い前振りになってしまいました・・。ここから先が、題名「競技志向のないトレイルランの薦め」の本論です・・。)

「トレイルランなんて俺はしらねーよ。」

等と仰られる新ハイの皆様、昔からカモシカ山行というのがありましたよね。
例えば鳳凰三山カモシカ山行とか、これを多少山域、ルートともに易しくしたものが「トレイルラン」といわれているスポーツ(だと思われます)。

小西政継さん風に言うならば、ナップサック背負ってのチョロチョロハイキング(略して 「チョロハイ」)に当たるものであろうと考えます。

チョロハイはともかく、カモシカ山行なら岳人なら一度ぐらいはやったことがあるはずです。

そういうことを踏まえると、トレイルランというのはマウンテンバイクや、クライミングのように、登山というジャンルの中のひとつだと考えます。カモシカ山行では今風ではないので、若い人にもうけがよい「トレイルラン」という名前が出てきたのでしょう。

比喩的にかきますと
かってのヒマラヤ登山の大衆化(万人向け化)したものがトレッキング
健脚の登山家が行っていたカモシカ山行の大衆化、現代化したものがトレイルラン
といえるかもしれません。

ただ、かってのカモシカ山行とすこし違うのは、トレイルランには所謂「ランナー(あるいはランナー志向の高い方々)」がでていると言うことです。そして、レース形式でタイムを競い、順位付けられ、競技化されつつあるといえましょう。雲取山登山競争しかり、長谷川恒男杯しかり・・。

要するに純粋に山を走る楽しみから、競い合い、順位付けへのベクトルの位相変化がなされています。登山を内面的な行為と理解するならば、このようなレース依存の発想、順位付けへの志向は「?」であり、見方を変えると「(内面性がないから)あさはか」であると烙印付けられます。

私が接した限りではランナーというのは人間的には闘争心に溢れるタイプで、人と競うのが好きなタイプ、かたや登山家というのはきわめて内面的な胸のうちに秘めた思いに駆られて山に向かうタイプであるようです。

この辺りから、ランナーが山屋に出会うと、このノロマめ!!となり、山屋がランナーに出会うと(皮肉を込めて)ナンダイあれは?男の癖にタイツなんか履いて、カッコつけやがって!!になります。
(極論すればですよ・・笑)

クライマーは岩壁、澤屋は渓谷、尾根歩き主体の登山家は尾根ときちんと「棲み分け」がなされていてあまり相互の衝突がなかったのですが、尾根歩き登山家とトレイルランナーとは活動の場が一緒ですので、もろに鉢合わせがあるのです。

話をもとに戻しまして・・そのように競技化されつつある「トレイルラン」でありますが、先ほど述べた通り、やっている行為からするとトレイルランは広義の登山の一つであるということは間違いないでしょう。

またそもそも、山を走る行為はその昔修験道の行者の修行のひとつでもありました。それを踏まえると、近代的な登山よりも山駆けの思想は古いとさえいうことが出来ます。(ただ、修験の行者にはゴールやタイムを競うという発想はなく、自己に荒行を課して自分を追い込んでより高き精神に持って行こうというモーメントに基づく修行の一環という点で違いますけれど・・。)

○△×レースがあるからそれに向けて準備して、体調を整えるというのは登山家の発想ではなくランナーはじめ競技者の発想でしょう。
登山家はそういうことはしません、せいぜい、この冬に○○壁を登りたいからそれに備えてトレーニングしようとか、この冬は是非北アルプスに行きたいから今から厳しくトレーニングしておこうといった感じではないでしょうか?レースは定められたルールの範囲内で「タイム」を競いますが、登山にはさほどルールはなくって、競争原理自体働きません。

そういうことを踏まえた上で・・。山を愛する皆様、自分が登山家であることを自負される皆様には、競技志向のない純粋なトレイルランをおすすめ致します。

いまさら書くまでもなく、軽装で山に入るのは軽快ですし、適度のランニングをすれば、心肺機能の向上に役立ちます。普段、10キロから15キロの荷物を背負って山に登られている方が、せいぜい2キロぐらいの荷物(ウエストベルトポーチがおすすめ)で山に入ると、新しい発見があると思います。

参考までに私が、奥多摩の山を走る時の格好です・・。

①履き古したジュギングシューズ、もしくは編み上げの安全靴・・タイムは落ちますが、捻挫予防、その他の怪我の防止に役立ちます。前者は軽快ですが、ゴミが入って靴下がかなり汚れます。

②60/40の長ズボン (最近流行のタイツなどは敬遠です)

③手袋(転倒時の保護)

要するに何も持たないのです。水、食料もレインコートも、帽子もなし。このような格好で、富田新道、稲村岩尾根、鴨沢から雲取山、三木戸から鷹の巣山等よく走りました(主に秋~冬場)。雪が融ける4月以降は気温が上昇し飲み水が必要になるので、長距離は敬遠しています。

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追補1 トレイルランニングの今後のために・・競技性のないトレイルランニングの勧め

ハセツネや、北丹沢、ハコネ50k、奥武蔵などといった有名な大会や、有名な選手の皆さんの人気が、トレイルランニングブームの牽引役であったように考えます。
でもそろそろ、その人気も、一段落しているような気がしてきています。

もしかしたら、あと3年もすると、山でタイツを履いて走っていたりすると、

「あの人 いまだにトレランなんかやっているよ!」

と好奇の目で見られるようになっているかもしれません・・。
そうならないために、競技性のないトレイルランニングを勧めます。

わたしの場合、登山のためのトレーニングのひとつとして軽装での山岳走を実践してきました。
(内容は、登山に直結する「尾根の駆け上がり」が主です。)

最近は、トレイルブームということで、山岳走も「トレイルランニング」なるネーミングがなされています、そして各地のトレイルランニング大会は大流行・・。でも、大会がなくっても、これからの新緑の季節に、トレイルランニングスタイルで、山に入り、走ったり歩いたりすることは、自然とのふれあいができて楽しいものです。

もちろんタイツ姿に、帽子、トレイルシューズといった「お約束の」バリバリ・トレイルランニングスタイルでなくっても、動きやすく活動的なウェアならばトレランは楽しめます。

競技性のない、タイムを離れた純粋に野山を楽しむトレイルランニングが登山の新形態としてもっと広まればよいと思っています。なんなれば大会がなくっても、また有名な選手がいなくっても、トレイルランニングという運動は、楽しめるものだと思うからです。

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追補2 競技志向のないトレイルラン・トレイルウォークの一例(登山のためのトレーニングとして・・)

一例として競技志向がなく、登山に必要な体力を養うことに特化したトレイルランをおすすめします。
「走る」のが苦手、一般的ではないよと仰られます場合、歩き(トレイルウォーク)でもいいかもしれません・・。

ポイントは①軽装(水、食料、着替えなし)、②標高差のある尾根の上り下り、③時間は夏場ですと全部で2時間、冬場で3時間程度です。

軽装ですと、山と直に触れ合うことが出来ます。平坦なところを走り、歩くのではなく、心肺、脚筋に負荷のかかる、急な尾根が運動効率がよろしいのです。夏場は暑くて消耗度が高いので、2時間ぐらいで十分でしょう。冬場はもう少し運動できて3時間ぐらい(とりわけ歩いた場合は運動負荷が低いので3時間ぐらい、走った場合は、冬場でも2時間で十分です)。

運動の目安は、無理をしないで、一定のペース(スピードではなく一定の心拍数を保って)で、登山口から山頂まで登り続けることになります。膝や腰への負荷による故障のことを考えますと、初めのうちは走るのは登りだけにして下りは歩いたほうが安全です。

ルートはもちろん、メジャーなところから短い距離で始めるのが安全です。御岳山とか、高水山とか・・。標高700m~900mの山々がちょうど良いです。1000mを越える山は十分体力が付いてからにしましょう。こういうときに私は水も基本的に持ちませんが、初めての方で不安でしたら、水場のあるルートや、売店のある高尾山のようなルートがいざというときに心強いでしょう。

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