和名倉の思い出

「甲武相山の旅」 2006年6月6日 掲載記事


hillwalker様 御撮影

山仲間のhillさんから和名倉に登ったとのメールを頂いた。これはその中の一枚の写真。
奥秩父のことを取り扱っているくせにここにはまだ和名倉の写真が一枚もない。12年ほど前(注 平成5年)に4回登っていらい遠慮しているので、デジタルの写真データがないのだ。

そのころはワイヤーがまだ登山道を横切っていたが、あのワイヤーはまだ残っているのだろうか?(残っているのでしょうね多分)
和名倉土産?に私の部屋に大きなボルト(40cmぐらい)が二本ある。
東千波先の草原で真新しい熊の糞を見つけ、近くにあった伐採作業用の支柱として利用されていた柱にくくりつけられていたものを引っ張って外したボルトである。これを叩きながら熊よけ代わりにして和名倉まで往復した。
熊が現れたら、引っ叩いて撃退する「予定」であったが、幸いにも熊は現れなかった・・。

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ワイヤーのことを書いたら、同じく山仲間のShimadaさんからメールを頂いた。


Shimada様 御撮影


Shimada様 御撮影

しっかり残っていますね・・。違和感があるのは、私が行った時にはこれらのワイヤーは膝ぐらいもある笹原に隠されて危うくつまずきそうになったこと。
場所が違うのかもしれないが、あの膝ぐらいまであった笹はどうしたのだろうか・・?


Shimada様 御撮影

同じく違和感があるのは、この風景、地面がむき出しになっている。私が行った時は、基本的に膝ぐらいまでの草が当たり一面登山道を被い朝露でズボンがほぼびしょびしょに濡れてしまったこと。その下草にはダニが潜み、一回の登山で4~5匹、ズボンを這い上がってきたことを覚えている。

千代蔵休ん場の広場に出る手前には背丈ほどもある笹のなかに微かに踏み跡を求めねばならなかった・・。が、話に聞くとあの笹原もなくなってしまったようである。

1994年当時は三ノ瀬から登って、和名倉山往復をしても途中人一人にも出会わなかった。(4回ともそう)
今ではそういうことはまずあるまい。当時は駐車場代500円を取られることもなく、少し離れた空き地に自由に車を停めることが出来た。

そういうことを知っていると、いまの和名倉山は雲取山なみに著名となり、少々人が来すぎますね。

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・・去年、ワラズ尾根だったかな、某氏に行きたい山、尾根は行くまで黙っていましょうといわれたことを今でも覚えている。

行きたい山ねぇ・・?
気に入った山だったらこれからほとんど毎年、時には年に数回は行くことになるだろうし・・。

山が人を招く、運命の山々との邂逅それがいつになるかは、山との出会いの問題。 その時が来れば行くことになるのであろう・・。

去年(2005年)初めて歩きその後龍喰谷遡行、大常木谷遡行、モリ尾根などの基軸となったあの大常木林道でさえも、去年5月までは、私の地図の中の存在でしかなかった。

いずれにしても焦ることはない、時を待とう・・。

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