☆ Trail Race Syndrome

先日、鏑木毅さんのブログを拝見したら「自立したトレイルランナー」という言葉が使われていた。
その言葉が使われている一文を拝見して、とてもよい言葉だなと感じた。

以下の用い方は、鏑木さんのお使いになっている概念内容とは、多少違うかもしれないが、これにヒントを得て、以下のように区分けしてみよう。

「大会依存型のトレイルランナー」
・・大会でよい成績を上げることを至上目的とする。あるいは、トレイル仲間と大会に参加して大会を楽しむパターン、前者はようするにロードのシリアスランナーのトレイル版、後者は、TDLに仲間と一緒に出かけて各種アトラクションを楽しむレクリエーションのトレイル版であり、トレイルレースという「遊園地」を仲間と楽しんでいるのである。

「自立したトレイルランナー」
・・登山家に近い発想でトレイルランを楽しむ。自力で、行きたい山を選び、ルートを考え、出かける時期を判断する能力があり、本番の山での天候、ルート状況を踏まえた「進退」もすべて独力で判断できる能力と経験を持つ。彼にとって目的の山に登るひとつの方法としてトレイルランのアプローチを取るにすぎない。大会を離れて、ナチュラリストのごとく自然や、動植物について深く語れるパターン。

いままでのトレイルランナーはほぼ100パーセント、Aのタイプだったんだけれど、これからはBのタイプも増えてゆくはず。

Aのタイプというのは、「ハセツネは参加してこそ意義がある」と私に対してのたまった、某ランナー上がりの女性トレイルランナーの言葉に象徴される。3年ほど前はみんなこのタイプだったので、私も肩身が狭かったものだ・・(苦笑)。このタイプのトレイルランナーはロードランナーと性格が似ていて、どちらかといえば都会的・・第三者には閉鎖的で、レースに出るグループ、ランニングクラブの仲間内で盛り上がるタイプである(なぜならそのほうが気が楽だからだ)。

その点、Bのほうが、すこしは社交的だろうと考える。登山道では、見ず知らずの方と挨拶したり、お話ししたりして情報を交換するので、知らず知らずのうちにコミニュケーション能力も備わってしまうものだ。今後は、状況が変ってBのタイプが増えてゆくだろう、それに期待する。

一方、Aのタイプのトレイルランナーは今後もいろんなトレイルの大会に引き続き参加して、それなりに良い成績をあげることだろう、なぜならば、レースに出るよりほかのやり方を知らないからである。また、かれらはある程度足が速いので、レースに出ると年代別で入賞できたりする。(またそれが美味しいのでレースからおさらばできないのであろう・・)。

彼らは、Bのタイプのような、山の楽しみ方を知らないし、いままでずっとレースにばかり出ていたので、Bのような山の楽しみ方をこなす下地(経験)がないのである。トレイルのレースに出るのに飽きたら、ロードのレースに出たり、ナビやロゲのレースに出たり、はたまたウルトラマラソンのレースに出たり、要するに彼らはレース依存症(Trail Race Syndrome)なのである。

ここ数年のトレイルブームでは、そんなAの連中ばかりだったから、トレイルランニングの世界での「速さ至上主義」が罷り通ってきたけれど、今後は、速さ以外のベクトルにもっと注目されるべきだろう。なぜならば、そもそも、トレイルランニングが「ランニング登山」といわれている時代から、山を走るさまざまな楽しみ方があったわけであり、今のレース志向の極めて強いトレイルランニングというのは、長い目で見れば、非常に一過的な異常な事態であると考えられるからである。

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