何も持たないということ・・。

何も持たないということ・・。

以下の記述は非教科書的なのですが、いままで私は非教科書的なことばかりしてきましたので、ここに掲示します。「甲武相山の旅」にて、2006年7月31日に書いた記事です。

人の身体に眠っている野性の感覚は、時として危機的状態になると覚醒されます。
食料も水もレインコートも懐中電灯も何も持たないで深い山に入るということは、かなり感覚か鈍麻された方でもこれでは危険ではないのか?と自覚されます。

そういう状況では人はおのずと、周囲や天候の変化、今いるところの状況と安全地帯にたどり着くまでのルートの読み、水場はどこにあるかとか・・に精神を集中します。

結果として、山、自然、危機に対する感性がより深くなるはずです。

水、食料を持ち、レインコートを持ち着替えの服まで持ち完全装備で山に向かえば、安全かもしれませんが、その完璧さゆえに、五感が覚醒されずに変わりつつある状況への読みが甘くなることも考えられます。

ですので、非教科書的ではありますが・・何も持たないで山に入ってみることもおすすめいたします(特に体力がある20代、30代の方には)。
トレイルランはそのいい機会になることでしょう。

その課程で、いろいろと困難に出会うと思いますが、まぁ、頑張って、是非無事に生還してきて下さい。

給水・・あまり補給に頼らない事・・。

これは、同じテーマについて書かれた、2007年3月6日の記事です。

梅ノ木峠にて撮影

去年のハセツネの前に、大ダワ・あるいは大岳から先は、水無しでも十分なはず・・と書いたように思っている。実際、鏑木選手は、第二チェックポイントで補給をしなかったそうである。

その気になれば、岩石園のところの水場や、御岳神社の御手水を使えるし、数は少ないけれど、自動販売機もある・・。また、季節的に十月上旬の夜であったから、発汗は少なかったはず・・。

ランナーは、補給を重要視しすぎるように思う。マラソン大会に行くと、給水ポイントがあるし、有名選手はスペシャルドリンクを飲む。
でも、補給で育っては、トレイルでは強くなれないかもしれない・・。

登山の場合、いつでも最悪のことを考える、遭難して、二日三日食べる事が出来なくてもなんとか生き延びられるような体力を養おうと考える・・。補給が絶たれる事も考えた上で、体力を養うのである。

ハセツネルートの山の中には、水場が少ないので、普段からあまり水をガブガブ飲まないようにしなければならない・・。
あまり補給に頼らない事、これは平地で育ったランナーには厳しい要求かもしれないけれど、強くなるためには大切な事だと思う。

補給に頼って強くなると、いざ補給に頼れなくなった時に、メンタルで負けるでしょう。

ハセツネの荷物は、規定で少なくともスタート時には水を2リットル背負わねばならないので、雨具そのほかを入れると、もう少し荷物が増えてしまう。

でも、私が、理想とするのは、スタート時に3キロ以内であること、そして、御前山あたりから先は、水なしで走りきること、ですね・・(つまり、せいぜい500グラムぐらいの荷物で、御前山から帰ってくる)。
アルピニストとは言わず、山屋なら、誰でもそう考えるハズと思う。

途中でばてたらどうするんだい!と反論がきそうだけれど・・。
普段から、水や食料(最近流行りの行動食も含めて・・)を持たないで、山に入る事に慣れてしまえば、すこしの度胸さえあれば、何とかなろう・・。

ハセツネの記事を書き始めて、まず私が違和感を感じたのは、そういった、最近流行りの「補給食ネタ」です。これはひとつの神話になっている(神話というか、一種の「神頼み」であろう・・。)

上位入賞の有名選手が補給で食べましたとなるといい謳い文句となる事は請負である・・。でも、ここ「甲武相山の旅」では、あえて、補給に頼らない事を薦めます。補給は重要だろうけれど、それに頼ろうとしてはいけないという事。

いざとなったら、水だけで、三頭辺りから帰ってこられるだけのエネルギーを体内に備蓄しておくべき事・・。
何も持って行くな!なんて非教科書的な暴論かもしれないけれど、それが山屋の発想だろうと思う。 これを乗り越えることが出来ると、相当強くなれると思う。

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