24 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後の2)、25 ガイド行方不明時の社長の発言(再考トムラウシ遭難)、

24 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後の2)、
25 ガイド行方不明時の社長の発言(再考トムラウシ遭難)、

戸田さまよりいただきました二つのmail記事です。

24 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後の2) ( 4月24日付けmail )

こんにちは 掲載してくださるようにお願いします。

「トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後)」で、私に対するマイナスイメージの貼り付けの目的は、私がMガイドのイメージ回復の最大の障害になっているからだとした。ここのところを少し訂正します。Mガイドのイメージアップに収斂したりしないほうが妥当だと思う。端的に会社のイメージ回復に必要だからと考えるべきで、そのように訂正することにします。

私の存在、私の証言が会社のイメージアップの障害になっているので、私にマイナスイメージを貼り付けて私の信頼性を傷つけ、大衆に私の証言は信用できないと思わせるということだと思う。「ジャマッケ、オシャベリ、チョウシヅキヤガル」。大衆は「のどもと過ぎれば熱さを忘れる」のに、何度も何度も私がマスコミに登場するので、営業妨害だと思っていたのかもしれない。

会社は私が「弊社の認識内容」をマスコミに流し、「コメント」で批判したこと、それをもとに会社がマスコミに追及されたこと、弁明ができなかったことは、私は現場に居合わせていないのでわからないが会社にとっては相当なショックだったのだろうと思う。社長が文書の回収に回ったというのだから。(私に言わせれば「弊社の認識内容」は手続き的にも内容的にも穴だらけだったんだと思う)

私とマスコミを切り離すこと、そのために私に対してマイナスイメージを貼り付けること、こんなことが考えられたのだろう。会社は表立っては反論ができないので相当ストレスがたまっていたかもしれない。一方的なバッシングと思っていたのではないか。私にたたかれるだけだと思っていたのだろうか。(そんなことをいわれても)

「行動概要」の作者がどうして会社のイメージアップに関係してくるのかはわからない。「弊社の認識内容」を作った人が誰かはわかっていない。「弊社の認識内容」は会社にとっても重要な文書だから、会社が頼みにする人に依頼したということが考えられる。両者の関係もわからない。

「行動概要」の作者はなぜあのようのことをしたのか。山渓記載の参加者の証言(「戸田さん、長田さん、ヒ品さんが追い越していった」)から「私が追い越していった」ことだけをことさらに書くのだ。また私とOさん(女性客A)は二人で女性客Lさんのサポートをしていたのであり、そしてKさんが転んで立ち上がれなくなったので私がLさんを、OさんがKさんを担当することになったのである。共同の行為だからそのことに触れるには私のことを切り離すことができないはずである。Oさんが私のことを無視した証言をするはずがない。それなのに「行動概要」の作者はOさんの証言を切り刻んで組み立てたと思われるOさんの証言なるもので、私の存在を抹消した。またトムラウシ分岐からずっと私はOさんと一緒にいたと読める記載があるのだ(P17~18)そのほかに私に対する記載は私が訂正を求めなければならないほどのものであった。(Mガイドを「怒鳴りつけながら」とあった。その他)

一方でMガイドのプラスイメージを作り出そうとしている「風の息」「耐風姿勢」。マイナスイメージを糊塗しようとしている(トムラウシ分岐でのMガイドの行為の説明)

「行動概要」の描こうとした私のイメージは「大声を出してガイドを混乱させ、客としての権利ばかり主張してガイドに命令し、怒鳴りつけ、参加者を助けない身勝手で冷淡な客」である。

以上詳細は「トムラウシ分岐~母体はガイド協会(前)(後)」を見ていただきたい。私は「行動概要」の作者が私に対してマイナスイメージを貼り付け、Mガイドにはプラスイメージを作出していると思っている。それは会社のイメージ回復のために必要だからだと思う。では「行動概要」の作者はなぜ会社のイメージアップに尽力するのか、その動機は推測するしかない。

私は参加者のうちで早くから、多くを語ってきたがそれほどのことをしたという自覚はない。サブエイトでは質問者の問いに答えただけである。マスコミの取材には私は断らないことに決めていた。亡くなった人にたいするせめてもの義務だと思ったからである。

わたしは事実だけを語ってきただけである。もちろん誤解していたこと、思い込みだったこともある。(その場合はその旨をいい訂正したはずである)正直いって同じことばかりしゃべるつらさには閉口した。時間的にも長い期間どこにも行く気になれなかった。亡くなった人のことを考えるならばと思ってきた。しかし苦々しく思ってきた人がいたのだと思う。会社は文句を言いたかったのだろう。会社にはボディブローのように効いたのだろう。私はそんなことは考えていなかった。会社は営業を続けるために私につけられたと思っているイメージを取り除きたいのだろう。しかしそのイメージは私がつけたものではない。会社自体が作り出したものであろう。

中間報告書「行動概要」によって私のイメージは一定程度傷ついたのだと思う。「行動概要」が描いた私のイメージを見て、私はとにかく混乱した。孤立感を感じた。苦しかった。私がそれまで話したことが全部「ガセネタ」だといわれているように感じた。マスコミの取材も少なくなったのかも知れない。私はその点に関しては却って歓迎だけれど。それにマスコミに話すことはもうないのだから。その辺りはよくわからない。しかしやはり信頼性は失われたのだと思う。一番つらかったことは今まで私が話したこと全部が疑わしいと思われることだった。「行動概要」は目的を達したのだと思う。

会社の信頼回復の道はそういうことではあるまいと思う。

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ガイド行方不明時の社長の発言(再考トムラウシ遭難) ( 4月27日付け mail )

こんにちは お世話になります。掲載のことよろしくお願いします。

前トム平下で、O(女性客A)さんはMガイドに「あんたガイドなんだから倒れていないで、まずは警察に電話して!そして、上の方で弱っている4人の女性たちのために、あんたの持っているテントを張ってあげて」と言ったという(報告書P17)。(私はOさんの発言、その後のMガイドの携帯電話操作が終わってから現場に着いたので、テントのことはずっと後で知った)

Oさんが前トム平で待機していたのは、テントを上に上げることを考えて迷っていたからのようだ。H(男性客F)さんが下りてきたので、OさんはHさんに「上の女性たちのところへ戻ろうか、それとも下ろうか思案している」と告げたという(同P18)。これはテントがあることを知って、テントを持っていってあげたいと思ったということのだろう。

OさんがMガイドに「上で弱っている4人の女性のために、あんたの持っているテントを張ってあげて」と言ったことは、下山後警察に伝えられたと思われる。そして警察から社長に伝えられたであろう。Mガイドが最後の行方不明者になったときに、社長は「Mガイドは上へ救援に向かったのだろう」と発言している。社長のこの発言はOさんがMガイドにたいしてした発言を踏まえていたのだと思われる。行方不明と聞いて、Oさんの発言を思い浮かべて、Mガイドは救援に向かったのだと考えたということだろう。

あらためて報告書を読んで、そういう背景があったのだと気づいた。Oさんはマスコミにでないから、報告書が出るまでは警察関係を通じてしかわからない。

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