⑲ 風の息 風向きに向かってかがめは間違い、⑳ デットエアーの必要 トムラウシ遭難、21 自己責任と他人のための救援要請、22 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(前)、23 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後)、

引き続き、戸田新介さまからこちらで公開するように送っていただきました五つのmailを、ここに公開いたします。
PDFデータは記事の一番下にありますので、ご自由にダウンロードして、プリントアウトなさってみてください。

4月23日(FRI)  silvaplauna

⑲ 風の息 風向きに向かってかがめは間違い ( 4月22日付けmail )

おはようございます 掲載してくださるようお願いします。

38歳ガイドは強風に対して、「風には息がある。弱まるのをまって進め」、「風向きに向かってしゃがめ。横歩きせよ」と指示を出していた。わたしは彼の後方近くにいた。

風の息について「風が瞬時、強弱を示す現象(数秒~数十秒)」とされている(マイペディア)。山の稜線、とくにコル(鞍部)などの風の通り道では風の強弱の間隔はあっても長いのだと思う。コルを吹く風は(風向きによって)ジェット気流のように間断なく吹き抜けるのである。ビル風もそうだ。強弱の間隔はあっても風の息の段階を超えた長い間隔(スパン)であろう。弱まるのを待つようなものではない。風の息はもっと広いところ(たとえば平地)でおきる空気の流れのムラと考えるべきだと思う。狭さく部などの風の通り道では、空気の流れのムラはスパンが長いのだと思う。

突風。クワンナイ川源頭のコルでは全体が一続きの突風のようなもの(突風ではない)だったと思う。コルを抜けてしばらくしてからは突風に遭遇した。突風ににあおられてザックカバーを飛ばされた。突風は数分という(マイペディア)。

松本清張の小説「風の息」を読んだことがある。それで「風の息」という言葉を知っていた。私は38歳ガイドの話しを聞いて、おかしなことを言うと思った。風の勢いは弱まることはなかった。

風の強いときに風に向かってかがめば動きが取れない。場合によればひっくり返るだけである。実際にも「横に歩け」というので横に歩こうとしてひっくり返りそうになったという証言がある。歩こうとすればどうしても重心は上がるからである。背中のザックに体が引っ張られ、ひっくり返るのである。空身で転ぶのではないから、事故になったらどうするのだろう。

かがむなら風を背にしてかがむべきである。足の先を使ってバランスが取れるからである。足の指で踏ん張れるからである。それでもだめなら足を前に送って体勢を維持することができる。
今回の場合はかがまないで姿勢を低くして、左足を開き気味に、左足の先をさらに開いて右からの風の圧力に備えながら、速やかに通り抜けるのが正解だと思う。私はそういうことを考えながら実験をしながら歩いていた。これは誰でもしていることだと思う。よく考えればわかることだと思う。やってみればわかることである。

私は38歳ガイドの言葉を聴いて根拠のないことを言う人だと思った。根拠のないこと、よく考えていないことを言ってもいい。信じる信じないは自己責任だからである。しかしガイドという立場では根拠のないことを言ってはならないと思う。いやしくもガイディングの一環として行っているということを忘れてもらっては困る。彼はそういうことに鈍感である。

報告書は38歳ガイドの発言に基づいた記述を載せている。「ガイドが耐風姿勢を教え、風の息する(弱まる)瞬間を狙って前進する」(P10,11行目)。報告書は彼の発言を積極的なものと考えているようだ。私は、38歳ガイドが風の息の話をしたが、待っていても風の勢いが収まることはないので、ガイド自身がその考えを捨て去ったのだと思っていた。

38歳ガイドが風の息の話をしたのは事実だが、誰も今までその評価を遠慮して言わなかっただけである。ガイドを批判したくないからである。言わないでもわかるだろうと。また批判的な証言は編集で除かれているからである(ガイドの責任を追及するところではないとして)。然るに報告書は積極的なものとして評価するのだ。私が言わねばならないと買って出た理由である。

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⑳ デットエアーの必要 トムラウシ遭難 ( 4月23日付けmail )

こんにちは お世話になります。掲載してくださるようお願いします。

昔はウール100%のセーターを直接肌に着ることが薦められていた。下着がぬれると断熱性が極端に落ちる。水の伝導率は高いので、肌着をとおして熱が奪われるのを防げない。しかし衣類には水にぬれても空気層(デットエア)を残すものがある。空気の熱伝導率は非常にひくいので、衣類に含まれている空気は保温の役割をする。そのようなものとしてウール100%が薦められていた。ウールは汗などにぬれても繊維のうろこ構造の中に空気層を残しているのである。それが保温の役割をするのである。その場合肌に直接着ることが肝要とされた。肌着が問題だからである。

最近はこういうことがあまり言われなくなった。それはゴアの雨具で肌着がぬれることが少なくなったからだという。しかしゴアも使い込むと防水性透湿性が落ちるので、長時間の山行では肌着が,ずぶぬれになることが避けられないという。肌着がウール100%なら、その場合でもピンチを切り抜けることができるわけである。(ゴアは5年で雨具の用を果たさないとか、スプレーでは回復しないとか言われている。撥水性が問題らしい。)

ただし着やすさということがある。ウールは暑いときにはあまり着たくはない。まして直接肌に着るというのだ(今はメリノウールのよいものがある)。私は化学繊維でウールのようにデットエアを繊維の中に残す構造のものがあると聞いていたので,それを探して使っている。私の愛用のものは一年中使えるというものである。Tシャツタイプではなくその上に着るもののようである。私はそれを直接肌に来ている。山シャツなどを直接肌に着るときの涼しさを感じられるのである。北アルプスの夏はこれ一枚ですごしている。熱いときでも苦にならない。寒いときには上にゴアを着ればよい。今回はさらにフリースを着た。デットエアのおかげで雨にも強いとなると、全天候仕様だという事になると思う。(デザイン性はいまいちか)

夏に普通に使われているものは透湿、速乾性重視のTシャツに、同じような素材の山シャツということになる。これではゴアが機能しなくなると肌着はずぶぬれになるのではと思う。このタイプ(透湿重視の二枚重ね)は雨の中の長時間の山行のタイプではなかったということになる。雨の中の長時間の山行は、ゴアが機能しないのだからゴアがなかった昔(本多勝一氏の時代)と同じように、ずぶぬれになってもよいようにデットエアーで保温を確保する必要があることになる。トムラウシ遭難事故ではデットエアーが必要だったと思うが、デットエアーのことがあまり言われていないのが気になる。

モンベル ジオライン 3D サーマル ロングスリーブ ジップという。他のメーカーも同じような機能のものを発売していると聞く。

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21 自己責任と他人のための救援要請 ( 4月23日付けmail )

どこまでが自己責任の問題だろう。同じパーティーの他の参加者は。リーダーの場合は変わるか、ガイドは。

ツアー登山でも仲間同士の登山でも、組織的山岳隊でも参加者が他の参加者のために救援要請するのは自己責任の問題になるか。リーダー、ガイドが参加者のために救援要請することは自己責任の問題になるか。こういう場合は自己責任は「自分で」ではなく、「自分たちで」始末せよとなるらしい。なぜなのか。

私は自分のために救援要請することには躊躇を感じるが、他の参加者のためには躊躇を感じなかった。それで遭難だと感じたとき、自然と救援隊を呼ぼうと叫んだのである。自分たちでできないのは明白であったから。これに対して「すぐ救援要請をしようとする感覚である」という感想がある。私は信じられない思いをした。こういう場合は自己責任として自分たちでがんばるべきなのだろうか。他人のことだから躊躇することなく救援を呼ぶということはおかしいのだろうか。

Tガイドの救援要請は遅かったが、Tガイドは自己責任の問題と考えたのではないかとも思う。自分で解決しようと最後までがんばったから、救援要請が遅れたというならばそれは正しいことか。

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22 トムラウシ分岐~ 母体はガイド協会(前) ( 4月23日付けmail )

こんにちは お世話になります。 掲載してくださるようお願いします。

私はトムラウシ分岐のことを何度か述べてきた。そしてそれを見ればわかるはずだと思ってきた。しかしきちんとまとまったものを残したほうがよいと思うようになった。事実でない記述が主張されているからである。トムラウシ分岐で何があったかは私が言わなければならないと思うようになった。忘却から逃れるには記録することである。今のうちにきちんとした記録を作っておくべきだと思った。そして調査特別委員会の母体がガイド協会というガイドの利益団体であることの不自然、矛盾点が報告書の「遭難事故パーティ行動概要」のトムラウシ分岐~の記述に表れていることも述べておきたい。

トムラウシ分岐はMガイドが参加者を置いて、下山したところである。アミューズの8/7「弊社の認識内容」に対して私が批判した文章(コメント)にこの過程は詳しく書いている。しかし調査委員会はこれを見ていない。見ないのは自由だと思う。しかし間違ったことを書いてはならないと思う。なお報告書ではMガイドはガイドCとなっている。

報告書ではトムラウシ分岐での出来事についてはMガイドの言い分だけ書いている。「彼が立ち止まって振り返ったところ、列がばらけて、彼が見る限りでは8人しか来ていなかった」(P14)
私が「コメント」で「弊社の認識内容」を批判して述べたことは以下の二つである。①Mガイドが「トムラウシ分岐に15分~20分程度で到着したが、点呼したら8名しかいなかった」というのはうそである。②「8名のお客様に道標に向かって進んでくださいと伝えて」というのはうそである。報告書は①②について何も判断していない。「弊社の認識内容」で述べられた事の真偽は何も判断されていない。「弊社の認識内容」はないものとして扱うというのが調査委員会の扱いである。この扱いについてはアミューズとの内部的打ち合わせがあったと思われる。

報告書は二つの月刊誌で参加者が証言していることに対して何も判断していない。「Mガイドについて歩いた客(MEさんが証言しているのである)を含め、客は点呼を聞いていない」(岳人2009年10月号P149)とされていた。

とくにKMさんは驚愕の証言をしている。「分岐の下でオーイと叫んで下へ降りていったのはKMさんで、Mガイドはそのとき10分~15分先にいた」(山渓2010年2月号P175)KMさんの証言により報告書のMガイドについての記載「彼が立ち止まって振り返ったところ、列がばらけて、彼が見る限りでは8人しか来ていなかった」(P14)はうそであることがあきらかになった。なお私はMガイドがトムラウシ分岐にいるところを見ていないから(8人の中には私が入るから)、それだけでもMガイドに関する記述はうそであるといえる。

報告書の記載はMガイドの証言という形式でなく、報告書作成者が理解したところとしての、報告書作成者の記述となっている。Mガイドが証言したとは限らないようだ。Mガイドの証言という形式を取らなかったのはそれができなかったからだと思う。Mガイドが記載どおりの証言をしているのなら証言の形式をとるべきであろう。私は報告書作成者がMガイドのために作ってやった記載だとおもう。もちろん関係者で打ち合わせが行われたのだと思う。イニシアチブはどちらにあるかを考えればよい。作成者、背後者とすればなんとかしてMガイドの失地を回復したいのだと思う。Mガイドにイニシアチブはないと思う。

「うそ」をMガイドがした場合は報告書記載者は無批判に他の証言とつき合わせることもしないで、Mガイドの証言をそのまま記載したということになる。「うそ」を記載者が書いたとすればそれはMガイドのプラスイメージ作出のための作業ということになる。私は後者だと思う。前者だとすれば証言の形式をとるべきである。人間特に庶民には「うそ」をつく習慣はない。顔に表れるというように苦手なのだと思う.本当のことを言うのがどれだけたやすいか。これに対して「行動概要」の作者は「任務」としてMガイドのプラスイメージ作出のためにやっているのだから、他人に関する「うそ」は簡単だと思う。

なお「弊社の認識内容」もMガイドの証言という形式をとっていない。作者の認識を書いているだけである。だからMガイドが言ったとされることが「弊社の認識内容」と「報告書」で変わるのだと思う。Mガイドの証言なら簡単に変えることはできないと思う。

「立ち止まって振り返ったところ8人しか来ていなかった」という記載は「弊社の認識内容」でした作り話が批判を浴びて手直ししたものだと思う。作り話は手直ししてもだめだと思う。それと同時に「弊社の認識内容」との連続性を感じる。話を作ったのは同じ人間ではないかとも思う。

調査委員会は責任を追及するところではないといってこのような扱いを理由付けている。そのためにガイドの言うことと反する証言は取り上げないということになるらしい。ガイドの証言があるところはガイドの証言だけを取り上げ、ガイドの証言がないところだけ参加者の証言を取り上げるというのだろう。おかしな話だ。問題があれば両論併記すればすむと思う。(なおMガイドが証言しているとは限らないこと、Mガイドのプラスイメージを作るための他人による作業と見るべきことは上述したとおりである)

調査報告書は以下の記述をしている。Mガイドは「前トム平に着き、携帯で電話する。ここが16時。」「前トム平の巨石のあるトラバースぎみの下山路〈当時はこの辺に雪渓があった)をくだり、ザックをおろして携帯を出そうとして、そのまま前のめりにハイマツの中に転倒、意識を失う。」(どちらもP53)また「前トム平下部のハイマツの中でたおれていたガイドC(38歳)が登山客に発見され、110番通報される。後ヘリで収容されたが、捜査開始から6時間以上もかかっている。無事下山した参加者から的確、迅速に情報を収集しておれば遭難地点が確定でき、もっと早く収容できたのではなかろうか」(P22)と記述されている。

Mガイドはハイマツに倒れこんだという。私は草むらだとおもっていた。ハイマツの上に座れるのか、私が来たときMガイドは彼がハイマツと言っているものの上に座っていた。。登山道にはOさんがいて、二人は向き合っていた。Oさんは私にMガイドについて「降りてきたら寝ていたのですよ」と言った。私は「ガイドだからガイドの仕事をしてもらわねば困る」とだけ言って一人ですぐ下山した。ハイマツかどうか調べたいと思う。Oさんは「ハイマツ」の上にいるMガイドを見つけたのだが、救援隊は見つけられなかったのだろう。登山客は見つけられたが。救援隊は別のところを探していたというのだろう。

「トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後)」につづく《以上は推測が含まれる。これに対して(後)で述べることは私に関することだから、推測は少ない》

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23 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後) ( 4月23日付けmail )

続きです 掲載をお願いします。
これ以後の記述は私しか問題にしないことである。私が個人的利益を追求していると思われると思う。それで私はできるだけ無視しようとしてきた。しかし事実は事実だと思う。個人的利益だと評価されようとも、明らかにしておくべきだと思った。

①報告書のP17からP18までの私についての記述は間違っている。「トムラウシ分岐で男性客C(65歳)(私のことです)に追いついた女性客A(68歳)(Oさんのことです)が、二人で降りてくる。」とされているが、これはむちゃくちゃな記述である。

トムラウシ分岐での私とOさんの位置関係は、出発してからしばらくして私がアンカーになろうと思って後ろに回ったのでむしろ私がOさんたち(いわば本隊)に追いついたのである。その後のことは二人で歩行の困難となった人の介助、そしてトムラウシ公園の上で残してきたこと、先に下っていた私が前トム平の上の高みに上るところで、ビバーク地点を探していたらOさんが来て二人で歩き出したこと、しかしここで道を間違えて逆行して40分ぐらいロスしたこと、もどって前トム平にきてOさんに先に行ってもらったこと(彼女の足が速いから)以上があった。そしてOさんがMガイドといるところに私が来たのである。

これを「トムラウシ分岐で男性客C(65歳)に追いついた女性客A(68歳)が二人で(Mガイドのいるところに)降りてくる。」と書いてある。これは作り話もいいところだと思う。二人は行きつ戻りつしているのである。

MガイドのいたところにはまずOさんが降りてきたのである。OさんはMガイドに「警察に電話して!上のほうで弱っている4人の女性たちのために、あんたの持っているテントを張ってあげて」と叫んだという。私はその後に降りてきたのだから二人の会話も携帯も知らないのである。私はそれからその場所を出発して、再びOさんがHさんと一緒にくるのに出会ったとき(私がワンデリングしたとき)にOさんから電話のこと(電話させたという)は聞いた。しかしテントのことは私は聞いていない。Mガイドのザックにテントがあったと知ったのは下山後だいぶたって会社が発表したからである。Oさんはマスコミに出ないので報告書ではじめて聞くことばかりである。

②報告書には意図的な記述がある。MNさんの証言のところに「後方にいた男性客C(65歳)(私のことです)が追い越していく。」とある(P16)。 これは山渓2009年10月号の羽根田治氏の署名記事のなかのMNさんの証言に基づくと思われる。該当部分を書き出す。「その後、明るいうちに3人の方が降りていきました。最初に戸田さん、次に長田さん、最後に斐品(ひしな)さん。みなばらばらでした(P18)。報告書は3人について述べられた証言を切り刻んで私だけことさら「追い越していく」と書くのだ。私は批判したこと、しゃべったことに対する仕返しのつもりだと思った。私はそういうわけで報告書を見たくなかった。今読み返しているところである。しかし後に述べるように目的は感情的なものでなく、冷静な計算された作戦の一環だと気づいた。

③報告書のP15には二人の証言がある(3行目~10行目)。女性客A(68歳)(Oさんのこと)「岩場の頂上に女性客L(69歳)さんを支えながら引き上げて前方を見たら、ガイドC(38歳)さんがどんどん先に進み、消えた。女性客Lさんを助けていると、今度は女性客K(62歳)さんが転ぶ。2人ともまっすぐ歩けない。自分も荷物を背負いながらだから、きつかった。やがて足が攣ってきた」
女性客B(55歳)(MNさんのこと)「その時振り返ったら、女性客A(68歳)さんが女性客L(69歳)さんを抱えて下りていた。女性客K(62歳)さんと女性客O(64歳)さんは私の後ろにいたが、やっぱり自分を含めて皆、ちゃんと歩けていないな、と思った。そんななかで他人をかばって、すごいことをやっている人がいるんだ、と感心した」

ここには私の姿が意識的に省かれている。のみならず証言を切り刻んで、二人がそう証言したようになっている。私としてはそのからくりを明らかにするために複雑な説明をしなければならない。できるだけわかりやすく説明をしようと思うので、読んでいただきたい。

女性客A(68歳)「岩場の頂上に女性客L(69歳)さんを支えながら引き上げて前方を見たら、ガイドC(38歳)さんがどんどん進み,消えた」。この部分はトムラウシ分岐の手前のことだと思われる。ガイドCが消えたところだからである。私はガイドCが消えたところを見ていない。後ろに行って2人(男性客の2人)がいないことを確認して、戻りつつあったころである。

次に「女性客Lさんを助けていると、今度は女性客K(62歳)さんが転ぶ。2人ともまっすぐ歩けない。自分も荷物を背負いながら、きつかった。やがて足が攣ってきた」。ここのところは私のことがまったく触れられていない。女性客Aさん(Oさん)が私のことを無視する動機はないから、これは報告書の作者が女性客Aさんの証言を切り刻んでつなぎ合わせたか、または捏造したものと思う。女性客Kさんが転ぶところを私は見ている。私の目の前のことだからである。その時私はOさんと二人で交代で、Lさんのサポートに当たっていた。Kさんが転んだのでOさんはKさんの担当、わたしがLさんの担当になったのである。それからトムラウシ公園の上まで来たのである。このことがきれいに省かれている。「行動概要」の作者は私がいなかったことにできると思っているようだ。

私はトムラウシ分岐を降りてからしばらくして、女性客Aさん(Oさん)に言われて女性客L(69歳)さんのサポートに参加した。二人で交代してLさんをサポートしながら降りてきた。そのうちに女性客K(62歳)さんが転び、立てなくなったので、AさんがKさんを担当し、私はLさんを担当することになった。トムラウシ公園の上の雪渓まで来て、Lさんを座らせ杖につかまらせて雪渓の下まで下ろした。AさんもまねをしてKさんをおろした。そこでLさんが立てなくなったこと、次は岩場のくだりになったこと、自分のすべき範囲を超えていると思ったこと、下まで連れて行くことは自分ではできないと思ったこと、救援情報や、後どれだけかかるかわからなかったこと等で、私はAさんに抜けるといって一人下山した。Aさんはその後Hさんが来たので、Hさんに任して下山し、Hさんは手に負えないとして、救援を呼びに行くことを考えて下山したと聞く。LさんとKさんはトムラウシ公園の上あたりにそのまま残されたと思う。

Aさん(Oさん)が私のことを無視した証言をするはずがない。Aさんは事実を証言すればよいからである.事実のなかには私のことが入っているのだから(共同でやっていたのだから)それを除いた証言をわざわざするはずがない。Aさんの証言として記載されているものは恣意的な編集の結果に過ぎない。編集はこのようにやろうと思えば何でもできる。AをBということもできてしまう。行動概要の筆者はそれをやっているのだと思う。(編集権の乱用)共同正犯を単独犯と描けば虚偽となるのは常識である。同じようなことをやっているのだと思う。

女性客B(55歳)(MNさん)「その時振り返ったら、女性客A(68歳)さんが女性客L(69歳)さんを抱えて下りていた。~そんななかで他人をかばって、すごいことをやっている人がいるんだ、と感心した」「その時」は何時のことかが問題である。AさんがLさんをサポートしているときだからトムラウシ分岐の前だと思う。トムラウシ分岐を下ってから私がサポートに参加する間のことかもしれない。いずれにしても「行動概要」の作者はこの証言をAさんの証言として記載されているもの全体を裏付けるものとして利用しているのだと思う。女性客Bさんの証言は私が参加する前のことだから、彼女が私のことを何も言っていないのは当然である。「行動概要」の作者は私が参加する前の彼女の証言を利用して、私が参加した以後のことまで彼女が言ってるように見せかけ、私の参加がなかったと印象づけようとしている。

④報告書全体に対する私の評価は「基本的に妥当なもの、今までみなが指摘してきたことが詳細な証言で裏付けられている」というものである。しかし「遭難事故パーティの行動概要」は私以外の参加者についての記述は妥当だろうと思うが(ただし参加者とガイドの証言が交差するところではガイドの言い分だけをのせているという問題がある)、私についてはことさら無視と含みの有る記述となっていると思う。こういうのは相手にしたくないのだが、言論には言論で反論すると言うのが民主主義の原則だから、私はきちんと反論して記録にとどめて置く。

「行動概要」には署名がない。無署名記事となるのだろうか。おそらく担当者レベルの、理事者側(6人の委員)が真の意図を知らないのを奇貨とした行いだろうと思う。担当者の目的は何か。

私はガイド一般を問題にしてはいない。私は今まで他の会社のツアーで出会ったガイドを基準にして、今回のガイドを批判しているだけで、反発を買うことはないと思う。

ガイド協会が調査特別委員会の母体であるという不自然、矛盾点がここに表れているということがいえる。中立を旨にすべき組織にあっては疑わしいことは避けねばならないのに、センスがないとしか言いようがない。調査委員会の事務局スタッフはどこから派遣されたかということもあるが、母体がガイド協会であるということが一番の問題だと思う。反論があるなら言論ですべきなのに。言論でいえないからこういう無視、不規則的行為に出るのだろうが、それなら自制すべきであろう。目的は何か。

私と「行動概要」を書いた人間以外の第三者には、「行動概要」を書いた人間の真の意図はわからないと思うから、私が述べるしかないと思う。私は委員会全体の意思だと仮定して反論することにした。各個撃破は攻撃の要諦だという。まず私が、次によくしゃべる3人が的になるということだろうか。私は沈黙するわけにはいかない。

登山では参加者はリーダーに対する批判はしないというのが原則だという。私がそのタブーを破ったとして反発を買っているのだということもあるかもしれない。仲間だけの登山(組織登山を含めて)ならば私もリーダーを批判することはないだろう。私が批判しているのは法律的義務を負っているガイド、会社に対してであり、法律的義務がどこまで及ぶのか、法律的注意義務違反がなかったかを述べているのである。タブーはそこまでは及ばないと思う。私は法律的義務についてのみ関心がある。参加者の自己責任も法律的意味がないのなら問題にしようとは思わない。道義的義務については際限のない論争になるだけで決着がつくものではないと思う。私は道義的義務には関心はない。

⑤訂正前の中間報告書(中間報告書は参加者、遺族には訂正前のものがあらかじめ配られていた。公表されたものは訂正後のものである)には私が①「どうなったんですか」と言ったと書いていた(中間報告書p11最終報告書P12)。②「早く救助要請しろ!」と言ったとなっていた(P11、P12)。③「彼(Mガイドのこと)を怒鳴りつけながら、、」とあった(P16、,P18)。④「不満が爆発して」と言う書き方をしていた(中間報告書P40、最終報告書は全面的に書き換えられていて該当部分はない。)。これらは私が訂正を要求したので改められた。①は「早く救助要請すべきだ!」となり、②は「「どうするんですか?」と訂正された。③は「男性客Cも彼を叱咤しながら」とされ、④は「不満が高じて」と訂正した。もちろん訂正後の記載を私が容認できるということではない。

報告書が描こうとした私の姿は「大きな声を出してガイドを混乱させ、権利ばかりを主張して、参加者を助けることもしないで、ガイドを怒鳴りつける身勝手な冷淡な客。あくまで客だと主張してガイドに命令する客」こんな感じだと思う。レッテルを貼りたいのだと思う。マイナスイメージを貼り付けたいのだと思う。私の要求による訂正で緩和されているとはいえ基調は変わらない。訂正箇所を前に戻すと、私につけようとしたマイナスイメージがよくわかると思う。そのためにことさらな無視と不規則な諸々なこともしているのだと思う。目的は何か。

「行動概要」は私にマイナスイメージを貼り付けることのほかに、Mガイドの積極点を何とか探して失地回復をさせ、マイナスイメージを糊塗し、プラスイメージを作出したいたいということがある。Mガイドの「風の息」、「耐風姿勢」に関する発言を評価しているのはそのためだろう(プラスイメージの作出)(しかしこれらの発言は根拠のない間違った発言だと思う。)(「風の息、風に向かってかがむのは間違い」を参照)(私は「風の息」とか「耐風姿勢」を報告書がわざわざ取り上げるのが疑問だった。たいした問題ではないからである。Mガイドのプラスイメージに役立つものを探していたとすれば納得できる。やっと見つけたのだろう)。トムラウシ分岐のことはマイナスイメージの糊塗である。

そして私にたいするマイナスイメージの貼り付けは何のためにするのかというと、わたしがMガイドのプラスイメージの作出、マイナスイメージの除去に最大の障害になっているからだと思う。結局行動概要の作者は私自体に関心があるのではなく、私がネットやマスコミで明らかにしてきたMガイドのイメージを変えたいのだと思う。そのために私にマイナスイメージを貼り付けて、私の発言の信用を失わせようとしているのだと思う。なぜかそれはMガイドが最も弱い環だからだと思う。ガイドと会社の注意義務違反の判断に影響すると見ているのだと思う。さらに会社のイメージ回復のためにはMガイドのマイナスイメージが邪魔になっているのだと思う。反発といったような感情的なものではないと思うようになった。冷静な計算された動機に基づくものだと思う。

私に対する聞き取りはまったく意味のないものであった。聞き取りをしたという形をつくろうだけのものであった。ダシにされて今でも腹立たしい思いがする。わざわざ名古屋駅まで(担当者が宿泊したホテルの一室で行われた)出かけたのだ。私に対する聴取は着衣と食事、非常食を聞くこと(あらかじめ作っておいてほしいというので作った表を提出した)、低体温症の兆候を聞くことであった。後は雑談であった。つまりほとんど雑談であった。合計30分の聴取であった。担当した二人の長老は事情を知っていたのかどうかわからないが、感じていた可能性は有る。私はナイーブだったんだと思う。

私は自己責任でトムラウシのことを発言してきた。それに異論、反発があるなら自己責任で、かつ言論で批判するべきだと思う。このような「無視」「冷遇」といったようなことで私のイメージを悪くするといった戦術を取るのではなくではなく、真正面から、また言論で批判してほしいものである。不規則的行為はやめるべきだと思う。

報告書の「遭難事故パーティの行動概要」はMガイドのプラスイメージを作り出すことを隠れた目的にして作られている。そしてそのために最大の障害となっている私にマイナスイメージを貼り付けようとしている。それは会社のイメージ回復にMガイドのマイナスイメージが邪魔になっていると感じているからである。これが私の結論である。私は苦しい思いをした。自分の個人的利益を追求していると思われることを恐れた。孤立感を感じた。神経戦だと思う。しかしこの問題は私の個人的問題ではない。Mガイドのためのイメージ作戦の一環だからである。こちらが苦しいならば向こうも苦しいのだと思う。ここに記録として残しておくことにした。

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⑲ 風の息 風向きに向かってかがめは間違い、⑳ デットエアーの必要 トムラウシ遭難、21 自己責任と他人のための救援要請、22 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(前)、23 トムラウシ分岐~母体はガイド協会(後)、

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