山の行より、里の行

私には何人かの叔母がいたが、そのひとりは、札幌で肺がんとなり、今の私ぐらいの年齢のときに、この世を去ってしまった。
叔母の連れあいは、癌であることを叔母に告知できずに、ひとり悩み苦しみ、アルコールの飲みすぎで、肝臓を悪くしてしまい、胃のほとんどを切除してしまった。

この叔父は、当時バリバリの登山家で、職場の山岳会に所属し、正月休みには、叔母をひとり実家に帰省させ、10日も二週間も冬の山に入り浸っていたそうである。
ちょうど、昭和30年代後半から40年代前半にかけての話で、わが国で一大登山ブームが湧き起こっていた時期だ。

そんな叔父も、叔母が癌を患って以来、山を止めてしまった。
(正確には、精神的に山に行くどころではなくなってしまったのだろう・・。)

修験の言葉に、「山の行より、里の行」というのがあるそうである。
山で厳しい修行を繰り返し、身につけた功徳を、里(街中、日常生活)にて実践する、そういった意味合いだそうだ。

そして、里での行は、個々人により、いろんな形態(時には、苦難として、)を持って現れる。
叔父にとっては、愛するものの死というのも、ひとつの乗り越え難き「里の行」だったのだろう。

Advertisements

Kommentare sind geschlossen.

%d Bloggern gefällt das: