⑧ 日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟、日本山岳サーチアンドレスキュー研究機構主催 シンポジウム「トムラウシ遭難事故を考える」 戸田新介様の報告の下書き、⑨ ゴアの露つきについて、⑩ 二つのバイアス、


※戸田新介様より先日(2月27日)神戸で開催されたシンポジウムの資料をご送付いただきまして、それをPDFとしてここで公開してもよろしいでしょうかと日本山岳サーチアンドレスキュー機構の会長、青山千彰様にお伺いしたところ、青山様のご好意により、先ほど開催されました神戸でのシンポジウムの資料(PDF)を、ご送付いただけましたので参考資料としてここに公開させていただきます。

トムラウシシンポジウム 5125KB

ご注意 このパンフレットは筆者により原稿の幅が異なり、一律に同じ用紙サイズで印刷にかけようとすると、記事によっては欠ける部分が出てきます。後日、こちらに修正版を掲載しますので、とりあえずは、各自それぞれのやり方で工夫してプリントアウトなさるか、当座は、プリントアウトしないで修正版の掲載をお待ちくださるようお願い申し上げます。(3月6日に完成しました。Sub Eightをご覧ください。)

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以下本文

⑩ 二つのバイアス (3月7日付け mail)

こんにちは

これだけは書いておきたいと思ったので、掲載お願いします。

防災の専門家の中では、正常性バイアスということが言われています。2003年の韓国大邱市での地下鉄放火事件が有名です。煙が充満しているのに乗客が座ったままでいる場面が映っていました。大阪の個室ビデオ店火災「天井の隙間からうっすらと煙が入ってきて約2分間ぼんやりしていて、」。秋葉原通り魔事件。例はいくつもあります。

今回のトムラウシ遭難でも同じようなことが起きたと思います。なかなか遭難とは思えなかったのではないかと思います。特に低体温症というものは静かに忍び寄ってくる点が特徴と言いますから、「大変だ」と思うには時間がかかるのだと思います。車両に煙が入ってくるというのとよく似ています。参加者の誰も自分から携帯電話をかけていないと言われていますが、参加者も正常性バイアスに支配されていたということではないでしょうか。土壇場にならないと掛けないのだと思います。

もう一つパニック過大評価バイアスというものがあるそうです。防災無線でパニックの危険があるからということで内容の無い放送になってしまう場合などを言います。

今回も先頭のガイドさんがヘリで救助された時に話していたのがTVに移っていましたが、「パニックに陥らないことが一番大事だということは分かっていた」と言った趣旨のことを話していました。(見た人もいると思います)これもパニック過大評価バイアスだと思います。パニックになるからといって何もしない、待ちの心理状態になっていたのではないでしょうか。もちろんパニックになってはならないのですが、しかし危機感を持ち、先を考えることはパニックに陥ることではないと思います。だから一面的にパニックに陥ってはならないと言うのはまずいと思います。「落ちつけ」というのは必要ですが、同時に危機感を持つことが必要だと思います。だから一面的に「落ちつけ」とだけ言うのはまずいと思います。

人間は危機に直面したときに、こういう心理状態なるものだということを知っておいた方がよいと思います。

http://www.bo-sai.co.jp/bias.htm 防災の専門家のhttpです。

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注 バイアス(bias)とは、先入観とか、偏見とかいう意味です。

⑨ゴアの露つきについて (3月5日付け mai)

こんばんは お世話になります。掲載お願いします。

前に私が送りました、ゴアの露つきについてのメールを一部訂正したいと思います。

ゴアのテントでは外が寒いとき朝起きると、テントの内側に露がびっしりついていて、コンロを炊くとテントについている露が水蒸気になり、ゴアのテントから水蒸気が外に出るのが見えると言います。これと同じことがゴアの雨具でも起きているのだと思います。外気が寒いと体表面とゴアの雨具の間の空気に含まれている水分がゴアのテントの内側に露となってつくのだと思います。

問題は下着がビタビタになるほどの水分はどこから来るかということですが、私にはよくわかりません。ただ私は出発の時からずぶ濡れであったという見解には疑問を感じています。私が死んだとすれば同じようにずぶぬれになっていたと思います。つまり死んで体温が低くなれば下着はずぶぬれになるのだという感じがします。私が言いたいのはそれだけです。温度差がある以上体内から水分が出ると言うのは素人の仮説です。詳しいことは専門家が調べてくれるでしょう。なくなった人が全員初めからずぶ濡れの下着を着ていたなどとは信じられない。一部の人がそういうことがあったというならまだ分かるのですが。

⑧ シンポジウム「トムラウシ遭難事故を考える」 戸田新介様の報告の下書き (3月1日付け mail)

お世話にになります。掲載してくださるようお願いします。
私が報告してくれと頼まれて準備した下書きです。実際は大分省略しました。初めと終わりは話しました。

トムラウシからの帰還

1 あえて私が話すことは何もないのですが、参加者の一人として何か話してくれということでしたので引き受けてしまいました。私はマスコミの取材は全部受けてきたので、断る理由が思いつかなかったのです。

2 私がこのツアーに参加したのは、一度北海道の山に行きたかったからです。北海道の山だけでなく北海道自体が初めてだったのですが。申し込んだのは3月です。前年から計画を立てていました。ツアーを利用するのは交通の手段が図られるからです。単独行が可能ならそうしていたと思います。自分の能力の不足を補おうと思ってツアーを利用したことはありません。

3 ツアー客相互で話をするかというと、男性客同士では難しい。それぞれ年齢を重ねていると言うだけでなく、私を含めて登山をする人は社交的でない人が多いと思います。唯一話しやすそうな人はなくなられてしまいました。女性客とはなかなか中に入っていけません。話し合う必要を感じたのは遭難に直面してからです。それに私は自分のことだけを考えていました。ほかの人に話しかけてもばつの悪い思いをすると思ったからです。これから遅れてくるような女性客には親身に話しかけるべきだと思います。これは社交の問題ではないからです。

4 遭難事故のあった日の前日について言います。何でもこの日のことが注目されているようです。雨の日で、終日霧雨が降り続き、山の風に吹かれて顔に当たると言うところです。とにかく急がされたと思います。5分の立ち休憩だし(体が冷えるから出発するというのです。)昼の休憩は30分ぐらいだったと思います。そして水のたまった道の際を歩こうとして疲れ切って歩いたという感じです。ただしガイドさんたちの認識は少し違うようです。若い運動能力の極めて高いガイドさんが先頭に立つと、中高年の感じ方とずれる点があるかもしれません。遅れて歩く人には、追いついたらすぐ出発というやり方はつらいと思います。これはそういう立場にならないとわからないと思います。先行者に待たれるというのはつらいことだと思います。これが遭難当日の雪渓の出来事に影響したかもしれません。

5 遭難当日のことを言います。雪渓に登った時ガイドさんが下に降りて行きました。一人女性が遅れたのだと思いました。下で何かやっていました。次の岩場での男性客のことは知りません。私は前だけを見て歩いていました。それから2回の立ち休憩がありました。これもついたらすぐ出発という感じでした。水を出していたら終わりです。ガイドがあらかじめ次の休憩に何をやるか考えておくということを言っていました。私は前に出て、横にどいてフリースを着ました。大粒の雨が降ってきて休憩を切り上げてから少したって、後は猛烈な雨と風でほんろうされたのです。私はこれぐらいの風雨は台風の最も激しい時に外に出なければならなかったので経験がありました。しかし女性客にはつらかったようです。なにしろ山の稜線ですから。ジェット気流のように間断なく吹き続けるのです。

 私は自分の前だけを見、自分のことだけを考えて歩いていました。だから女性客たちがどのようにしていたかは見ていません。なおガイドさんが何とかしてくれると思って不安を打ち消したという証言があるようです。

6 木道を過ぎてからはばらばらに歩いたようです。木道は転落の危険がありますからどうしても遅く歩くことになります。木道を過ぎると早く歩けるようになりました。私も隊のことは考えず、前の人を追いかけていけばよいと思っていました。2回ザックカバーを飛ばされ一度は直している間に追い抜かれました。前の人、たぶん私達のパーティーの人が歩いていました。風に吹かれてたたずむのは嫌ですから。その後はどうなったか知らないがいつの間にか私が先頭に立ったようです。もちろん私は先頭は前にいると思っていました。ロックガーデンを難なく乗り越えました。岩場の小型のものでこういうのは経験があります。雨があり風が体のバランスを崩しそうになるが、足を送って切り抜けました。後ろから風は吹いていたようです。ロックガーデンの登山道が流水であふれていたと言いますが私は別のわき道を通ったのだと思います。またこのあたりで休憩がとられたというのですが私は知りません。休憩中に岩の向こうを通過したようです。それで小川に一番初めに着いたのだと思います。

7 北沼の小川の渡渉。私が渡った時は20cm強(靴のかかとが20cm)です。皆が膝近くだと言うのでびっくりです。私が渡って少したち、左手の方に若いガイドが石飛をして、合図していました。左後方でサブガイドが水の中にいた(1)だから差は10分弱だと思う。

8 北沼分岐ではだれかがいました静岡隊かもしれません。私はたっていましたがすぐ私達の人を見つけて「後は頂上で登頂写真を撮るだけだ]と言いました。私には方針の変更はどういうわけか知らされていませんでした。その人にまき道を通ると言われて変更を知った次第です。

9 北沼分岐は誰が指定したか誰も指定したわけでなく、自然にできたようです。私は巻き道の話をした人たちが座り込んだのでその後ろに座りました。そこではとにかく待たされる時間が長すぎると思いました。私が遭難だから救援要請をしないといけないと演説したことについてガイドにプレッシャーになったという意見があるがどうでしょう。ガイドさんたちの感じと違うのです。危機感が違うと思いました。また私は出発するとは思っていませんでした。出発すると決まってそれもあるかなと思っただけです。私は110番してほしい、これからどうするか決めてほしいと言っただけです。

10 トムラウシ分岐でのことは私が厳しく言うから反発する向きもあるが、私の言うことは事実です。

11 それからのことはつらいことばかりです。何を言っても言い訳になってしまいます。生きて帰ってくることが罪みたいなことになります。十字架という言葉は小説で読んだのですが、生還者は多かれ少なかれ十字架を背負っていかなければならないと思います。亡くなった人のことを考えればと納得させています。

12 私にとって今回のトムラウシはあまり変化のない、だだぴっろい平原です。あまり面白くはなかった。変化がないし時間が長い。雨であることもあるが。

13 北海道の縦走路は営業小屋がないことが一番の危険だと思います。北アルプスの岩場が滑落の危険があるのに対して、ここでは営業小屋がないことが危険だと思います。雨だと一層危険だというのも共通です。ガイドさんはガイドにすがって不安を振り払りはらおうとする参加者の信頼にこたえるべきだと思う。天候の判断は参加者の命がかかっているとして判断すべきだと思います。雨の日の北海道の縦走など全くサバイバルだけだと思います。なにもよいことはありません。

 ツアーはガイドがすべてであると同時にガイドの判断がすべてであると思います。慎重すぎるようにするのがいいと思います。運動能力の違いがあまりにもあったのだと思います。アスリートの能力からは到底判断ができなかったのでしょうか。中高年の参加者には少なくとも先頭でペースを作る人は中高年のガイドがよいのではと思います。

14 自己責任が言われていますが、この遭難事故の責任問題とは別にして、自己責任を持つべきなのは当然です。その場合自分が故障した時には遠慮しないで申し出るようにするべきだとおもいます。ガイドさんが聞いてくれないと困るが、その場合でも自分の命は自分で守るしかないという自己責任の考えで、簡単に引き下がらないようにしないといけないのだと思います。それがひいては皆のためになると考えることだと思います。このあたりのことは日本人の感覚と外れるので難しいけれど、どうしても遠慮してしまうから。しかし事故をなくすにはそうしないとなくならないでしょう。如何に参加基準を満たすようにしても故障するのが人間ですから。ツアーではどうしても遠慮することばかりを考えてしまいます。だれも文句を言わないのです。おとなしいものでした。文句を言うと面白くないからということもあります。今回も亡くなられた方は黙って、遠慮して、そのうちに動けなくなったのだと思います。

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トムラウシからの帰還.pdf

トムラウシからの帰還.docx

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4 Responses to ⑧ 日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟、日本山岳サーチアンドレスキュー研究機構主催 シンポジウム「トムラウシ遭難事故を考える」 戸田新介様の報告の下書き、⑨ ゴアの露つきについて、⑩ 二つのバイアス、

  1. AAA says:

    いちいち否定的なコメントを書くのも気が引けるんですが・・・間違った認識を持たれたままというのも良くないので・・・(私の認識が正しいなんて保証はありませんが)

    ガイドが若かったため、自分との比較で、年齢層の高い参加者の体力や体調に注意を払えなかったというは的外れです。自分と客の年齢差を考慮出来ないようなガイドは単純にガイドとしての能力が低いだけです。そういう安易な発想は、たくさんいる若くて優秀なガイドに対して失礼です。
    そもそもツアー登山ではパーティー全体がまとまって動けるようなペース配分で歩くというのは基本中の基本です。このガイドが、もともとそんなことにも気を使えない低レベルなガイドなのか、それとも今回がたまたま特別だったのか、ガイド自身がどのような心情だったのか、なんの報告もないので謎のままです。
    それに3人もガイドがいて、誰も何も感じなかったのか?
    3人とも早々に低体温症になっていて頭がまわらなかったというのなら納得ですが。

  2. silvaplauna says:

    AAA様

    今回の事故に関するもうひとつのワーキンググループである日本山岳協会、日本勤労者山岳連盟、及び日本山岳サーチアンドレスキュー研究機構のシンポジウムでの資料を入手できました。その内容を日本山岳ガイド協会がまとめた例の「報告書」といろいろと比較検討してみると面白そうです。

    ご指摘のガイドの主観的認識の内容如何については、結局、司法の場まで持ち越しと言うことですね。

  3. AAA says:

    silvaplauna様

    シンポジウムの資料も長文ですね・・・。出来るだけ読んでみます。
    ツアー会社とガイドが反省していれば、すべてを明らかにすればいいんですがね。不起訴処分になれば、結局うやむやで終わってしまうかもしれません。

  4. silvaplauna says:

    AAA様

    シンポジウムの資料は各人各様なので、とりあえずは岳人編集部の方が書いた詳細な時系列記録記事は今後いろいろと使えると思います。また、一番最後にある元アミューズで働いていたガイドの方の勇気ある内部告発的な証言はかなり重要でしょう。

    さすがに・・ツアー客が7名も亡くなっていますので、不起訴にはならないでしょう。これで不起訴になったら検察審査会が黙っていない筈です。シンポジウムのパンフレットに弁護士の方が記事を書いていらっしゃいますが、民事刑事に渡って一般的にさらりと触れるにとどまり、正直、ちょっと突込みが物足りないところです。

    業務上過失致死で、起訴されて・・うまい具合に執行猶予がつくかどうか、それとも厳しく実刑判決を喰らうか、そこら辺がポイントでしょうか・・。ガイド、アミューズ側の弁護士たちは今必死になってガイドやアミューズにとって有利となる法律構成を考えていることでしょう・・。

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