⑥ 手ぐすね引いて

引き続き、戸田様からのmail記事です。

手ぐすね引いて (2010年2月22日付け mail)

私は義務はないけれど、私の行動記録をミスを含めて細大漏らさず表に出してきた。これからもこの姿勢を守るつもりでいる。本当は自分のミスは話さない方が利口だと思う。原因が参加者にあると言いたくて手ぐすね引いて待っている人々がいるし、そこまでいかなくても参加者の自己責任を強調したくて仕方がない人がいるからである。中間報告書の立場はどちらかというと後者の立場に近いと思う。たとえば参加者の証言を求めておきながら、「・・・(実際は前トム平には立派な道標あり)・・・」(P15)等と注釈を入れるのだ。北海道の道標は本州の道標と比べて目立たないのである。お世辞にも立派ななどとは言えないと思う。

語れば語るほどミスの部分も出てくるし、あげつらう材料が増えると思う。何も語らない人が一番怪我が少ないということになる。言葉は「風に乗って・・・」と忠告されたことがある。

参加者のミスなるものは、これまで明らかになってきたことからは遭難事故の原因ではないということである。これをあいまいにしてはならないのだと思う。事故の原因は会社とガイドがわが果たすべき安全配慮義務を尽くさなかったことにあるのだと思う。参加者のミスが事故の原因だと言うならそれをはっきり言うべきである。

自己の原因となっていない参加者のミスを論じるときには慎重に扱うべきだと思う。人間は完ぺきでないし、理想的な参加者はいないと思う。ミスがあっても事故の原因とならなければそれでいいわけであろうし、人間の行いとはそういうものだと思う。事故がなければ問題とされないことだったのだということを考えてほしい。

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4 Responses to ⑥ 手ぐすね引いて

  1. AAA says:

    ご無沙汰しております。
    私の意見は出し尽くした感がありますし、コメントも投稿できなかったので、中間報告、その他山岳雑誌等を含めて推移を見ておりましたが、真相解明にはまだまだ遠いなというのが実感です。

    中間報告P43~44の内容については冷静に分析がしてあって、特に異論はありません。
    以前のコメントでは敢えて触れませんでしたが、参加者の責任についても意見を述べたいと思います。

    トムラウシの遭難の要因は大きく分けて以下の3つです。
    ・通常以上の悪天候。
    ・その状況に対応するだけのパーティー全体としての力量不足。
    ・危急時におけるツアー会社の安全管理に対する不備。

    2番目のパーティー全体の力量不足ですが、ガイドは当然として、参加者自身も大きな関わり合いがあります。参加者全員がトムラウシを縦走するのに相応しいまっとうな登山者であれば、こんな大ごとにはならなかったしょう。なんでもいいから遅れず、最後まで歩き通す。これさえ出来ればよかったわけで、それが出来ずいろんな要素が絡み合って今回の結果になってしまった。
    本来の登山パーティーであったなら、生き残った参加者個人も吊し上げをくらってもしょうがないという状況でしょうが、そうならないのはツアー登山という特殊性から責任を問われていないだけです。みんな同情しているから責任を追及していないだけで、参加者に責任がないわけではありません。

    戸田氏が神戸のシンポジウムに参加されるなら、間違ってもツアー参加者に責任は無いんだと声高に主張しないでください。限られた時間を無駄にしてしまいますし、それこそ今回の遭難事故の本質をあいまいにしてしまう行為になってしまいます。

    自分たちには責任はないんだという意識の低い参加者を引率していたガイドには心底同情します。

    このコメントがsilvaplauna様のご意向に沿わなければ、削除していただいて結構です。

  2. silvaplauna says:

    AAA様

    こんばんは、お久しぶりです。
    こちらこそご無沙汰で恐縮です。

    ご指摘の通り、事故の「原因」と、「通常の登山パーティだったらどうすべきだったか?」については、議論のアウトラインは見えているようです。

    今回の特殊性、ツアー登山において、ガイドと旅行会社に全責任を負わせるべきか?それとも、ツアー客にも応分の責任を負わせるべきか、負わせるべきとして、どのくらいの責任の負担を求めるのか(いわゆる「線引き」の問題)?

    今回の件が「線引き」のモデルケースとなればよいのですが。その線引きについての議論はあまり深められてはいないようです。

    ①蓋を開けてみないと、ツアーメンバーの力量はわからない。

    ②低賃金で不安定な雇用条件で使役されているガイドの立場。

    ③ツアー価格も他社との競争で、経費を削って、安価に設定してある。

    ④山でのサービスに、都会のサービスほどの「完璧さ」を求めることは場違いであること。(山小屋のサービスに、都会の料亭並みの完璧なサービスを求めるのは無理だ。)

    こういったことを考えると、ツアー会社や、ガイドに完全な責任を求めることは酷であり、その責任は「重大な手落ちがない限り責任が免除されるという限定された責任を問われるべきである」と考えられます。

    ただ、問題は、ツアー会社と、ガイドの判断に「重大な手落ち」が、なかったか?が詳細に検討されねばならないでしょう。

    あまりに安易に、ツアー会社やガイドの責任を免除してしまっては、今後、第二のトムラウシが発生しかねません。 

    「線引き」の仕方は難しいですね。

  3. silvaplauna says:

    追加です。

    AAA様がいつかお書きになっていた停滞もルート変更も考えられないツアー登山の条件下で、トムラウシの縦走をこなすには、悪天でも歩ける「強いパーティ」であるのが理想なのでしょう。

    にもかかわらず、実力が未知数のメンバー寄せ集めのツアー登山では、それこそ薄氷の上を歩くようなもの、いままで無事故でやってこれたこと自体が幸運だったのかもしれません。

    今までなんとなく誤魔化してうまくやってこれたことが、今回は誤魔化しがきかなくなり、ガイド一人と、多くのツアー参加者が自らの命でもって「誤魔化しの代償」を払うことになったわけです。

    ツアー参加者は、責任以上の代償を払ってしまったから、感情論が先行し、ツアー参加者に対する責任を問う声は、中間報告書でもトーンが抑えられているのかも知れません。

    以下は想定事案ですが、もし、死亡したのが、ガイド一名ないし二名で、ツアー参加者は全員無事に生還したとなると、(ガイドの死に対する)ツアー参加者の何らかの「責任」を問う声が高まったのかもしれません。

    責任はもともと道義的なものであるため、ツアー参加者が、責任以上の代償を払ってしまった今回のケースでは、ツアー参加者の「責任」を問う声は、感情論によってかき消されてしまうのでしょう。

    責任以上の代償を払った部分は、ツアー参加者の「自己責任」であるとして、憤怒を収めていただくか、責任以上の代償については、「ツアー会社とガイドに負っていただく」か・・そこら辺は論者の価値観で左右されるようです。

    ガイドや、ガイド協会としては、「縦走の途中で歩けなくなるような体力のない参加者をツアーに参加させて、われわれに押しつけるのは、非常な迷惑である。」と、ツアー会社に噛み付いてもよいと思うのですが、現在のガイドは、ツアー会社に雇われている身の上であり、そういう視点の議論はあまり聞こえてきません。

  4. AAA says:

    silvaplauna様

    すばらしい回答ありがとうございます。
    お世辞抜きで感服いたしました。

    しかし、この手の議論を深めていくことは死者を愚弄することにもなりかねず、私には荷が重いですね。

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