③ 中間報告書に対する一つの疑問点

引き続き、戸田様からのmail記事です。

中間報告書ついて (2月18日付けmail)

こんにちは 掲載をお願いします。

中間報告書に対する一つの疑問点

素人の私が専門家に対して何も言いたくはないのですが、どうしても納得できない点があるので述べておきます。

中間報告書はパーティを分断したことを問題にしている。要点は①分散させる危険を認識していたか ②全員でビバークする可能性はあったのではないか ③下山に堪えない人は下山させるべきでなかった というものです。(P40~41)

一般論としてはその通りだと思います。しかしそれはビバーク装備をきちんと備えた通常のパーティに言えることだと思います。ツァーであること、特にビバーク装備を備えていないことを考えれば一般論は成り立たないと思います。

ビバーク装備がないのだから、全員がビバークするという選択は取れなかったのだと思います。Tガイドは頭からそんなことは考えなかったのだと思います。ビバーク装備がないけれど全員でビバークすべきだったというのでしょうか。この場合は救援要請を真っ先に考えなければならない。ビバークする前に救援されるのが一番良いが、最悪の場合はビバークを覚悟するというものだと思います。しかしTガイドはビバーク前に救援されるとは考えなかったようです。そうするとビバーク装備なしで全員がビバークして翌日まで何人生き残れるかということになる。ツァーではそんなことは考えられないと思う。これはパーティの論理だと思う。パーティでは登山に当たって参加者を選ぶのでしょう。ツァーではほかの客に誰を仲間にするかの選択権はないのみならず情報がない。

全員で下山をするというものが考えられる。静岡隊がしたようにするというものでしょう。これは北沼分岐で全員が着いてすぐに実行していればあるいは可能だったかもしれない。そしてTガイドも休めば回復すると思って、そのうえで全員で下山することを考えたのだと思います。ついに川角さんを連れてはいけないとして、川角さんを吉川ガイドが引き受けて残りを下山させようとした。しかしさらに3人の動けない人が出て、TガイドがNさんの協力を得てビバークすることにした。このあたりは流れで決定したのだと思います。つまり全員を連れてはいけないと判断したのでしょう。残った選択肢として分散が起きたわけで、分散の危険は考慮する余地はなかったのだと思います。

下山に堪えない人は下山してはならないという。少しぐらい動けるだけではビバーク装備がないビバークをするべきだったということでしょうか。この場合は下山に耐えるかどうかではなく動ける人は出発し、動けないひとは出発したくても出発できないということになったのです。だからむやみに動いてはいけなかったという議論にはならないと思う。そういう人にとってはどちらも厳しい事態が予定されていたのだと思う。

結局中間報告書は全員は装備がなくてもビバークするべきだったと言いたいのではないでしょうか。
出発してから分かったことを根拠にした立論が通るなら何でも言えると思う。

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PDF 中間報告書について 2月18日 mail


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