洞察力

他人を理解するということ・・。

ここ数ヶ月、いろんな人と会う機会があり、それはいまも続いているが、その経験を元に思うこと・・。

たいていの人は他人を理解出来る範囲内でしか受容しないものだということ。

だから、もし自分のことを万人に理解して欲しいのならば、万人が理解できる範囲内の「道化」に身をやつせばよい。

ありのままの自分を、他人に理解してもらおうとしても、それはちょっと難しい相談であり、

たいていの人は、他人のことを自分が理解できる範囲内でしか理解しようとしない。

だから、まぁ少なくとも自分のことを一般の人よりもちょっとは深く理解してくれている人は貴重であり、

また、理解しようと努力してくれる者は、大切な存在であるということが出来るだろう。

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はじめに・・

このホームページは、私の名刺代わりであり、私がどんな人間であるか、どんな価値観を持っていて、どんなことに優れているか、またどんなことには才能、興味があまりないか、さらには、どんな気性を持っているか、などが直接的に文章で、あるいは、暗示的、比喩的に書かれています。

今までに36万ほどのアクセスをいただきましたが、私という人間はなかなか伝わらないもののようです。

私は、いろんな人の文章を読み、記事を見ることを通じて、またその人の作為・不作為から、その人の人間性を洞察することが得意で、人間性を見透かすことに関して少々自信があります。

然るに、このホームページの読み手の方は、残念ながら私と似通った洞察力をお持ちの方は少ないようで、たいていの方は私の文章の字面しか、表面的にしか読んでいただけないようです。

どの人もかの人も、私という人間を理解してはくれないし、理解できないようなので、ここを閉鎖しようとも幾度か思いましたが、100人の中で、一人、二人でも、私の人となりを理解していただける人がいると信じて、私と同じくらいの人を見透かす力、洞察力を備えた人のために、閉鎖しないで、ここを開けておこうと思っています。

「誰にも読めるが、だれにも読めない書 Ein Buch für Alle und Keinen 」というのは、ニーチェが自身の本について語った言葉ですが、私のホームページも、誰にでも字面は読めるけれど、文章の背後にある私の人間性まで理解できる人間は少ない、と表現出来ましょう。

もちろん、別に私は人に自分のことを理解してもらって救われようなどとは考えていませんが、行動する上で、私には当たり前のことが、他の人には当たり前ではないというのが、私の心の目を少し曇らせます。
たとえば、私がここでシュールに触れておけば十分に他の読み手にも伝わるであろう、と考えて弱い表現に抑えたことも、案外と伝わらないものだということなどは時として残念なことであります。

いずれにしても、

私と同じ価値観に立ち、私と同じ感受性と、洞察力、物事を見透かせる力・・それらを備えた人に読んでいただければ、非常な幸いであります。

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