トムラウシ山遭難事故調査特別委員会 「中間報告書」 2009.12.07 (JPEG形式)

中間報告書 目次 1~75ページ(全頁)

1ページ~40ページ JPEG 12.8MB

41ページ~75ページ JPEG 12.5MB

以下をクリックしますと、ご覧になれます。

※すでに、二通りのデータを載せていますが、PDFはデータ数が多く面倒だし、PNGでは画像が荒いとお嘆きの方むけのデータです。大きなデータですが、一番鮮明にご覧いただけます。

1ページ~40ページ JPEG 12.8MB

41ページ~75ページ JPEG 12.5MB

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調査特別委員会に送った訂正申し入れのメールの内容について一部訂正します(12月9日付 mail)。

訂正前の中間報告書にある、私が「怒鳴りつけて降りて行った」という記載について、「誰が言ったでしょう。Oさん(女性客A)しかいないが」と書きましたが、その後ガイドCがいることに気付きました。どちらかの証言がもとになっているのは確かです。後で述べるようにガイドCの証言だと思いますので、Oさんには謝りたいと思います。
訂正前の中間報告書の該当部分(P16)には、Oさんの証言に続いて、私が「怒鳴りつけた」とあるので、私はてっきりOさんしかいないと思ってしまったのです。報告書の筆者は証言者を隠してマジックをかけたのでしょう。ガイドCの証言と書くわけにいかなかったのでしょうか。それだったらこうした事を書くべきでないと思います。
彼は低体温症だということですから、私の発言内容は分からず漠然と怒鳴りつけられたと思ったのでしょう。

なお、あるブログでは、私が「怒鳴りつけた」、「小突きまわした」、そしてガイドは「逃げ回った」という記載がありますが、わたしがガイドに話したことは、ガイドAに「どうしまっすか」ときいたときと、この場合だけですので、何だろうと思っていました。このことを言っているのだとおもいます。会社関係から流されたのでしょうか。
重ねて言います。私は「あんたは客ではないから、ガイドとしての仕事をしてくれんと困る」と言っただけです。

なお、私はガイドCが携帯をかけているのは見ていません。私が降りて来た時は彼は何もしていませんでした。Oさんからは彼が寝ていたと聞きました。彼女が電話をかけさせたということは、後で彼女と再び合流した時に聞きました。このあたりのことはこのサイトの中に記述してあります。だから中間報告書ともあろうものが、私が「それを見た」などと間違ったことをよく書くのだと思います。Oさんに聞いてもらってもいいです。ガイドCなら低体温症で記憶がないのでしょう。だから報告書の筆者が作文したのでしょうか。適当につなぎ合わせたのでしょうか。

私はガイドCに対しては何を言っても仕方がないと思っていました。高妻山で彼と一緒に登った時の経験がありますから。それにサブガイドの報酬が幾らか知りませんが安い額で、しかも夏休みの代わりだと思っていたら、厳しい責任に直面して悪夢だったと同情します。

ここで私がOさんに言われて竹内さんのサポートに加わり、のちに味田さんが転んでOさんがそちらに回り、私がひとりで竹内さんのサポートをすることになり、そこから離脱した過程までを書いておきます。これは初めて書きます。マスコミに聞かれたこともありますが十分整理していないので答えられませんでした。

私は5人の女性客の後につきました。私と5人の客はついにガイドから見放されたと思いました。BガイドはCガイドにまかせて視野からはずし、C ガイドは先を急いだので、結局生き残るには自分 で歩き続けるしかないことになりました 。皆生き残るためにひっしで歩きました。本当です。

竹内さんをサポートして歩くのはとにかく時間がかかります。しかもほかの女性客もほとんど同じペースですから、一人で歩いている人も倒れる寸前でした。生き残りたいという気持ちだけです。

ビバークのことは考えました。しかしツェルトはないし(シュラフカバーを代用に持って行きました)、コンロはあるがボンベはヒサゴ沼に置いてきました。装備はないからできないと思いました。

知識もないし心構えもないし、どうしたらいいだろうと天を仰ぎました。ただ絶対死なないぞとなんども心の中で叫びました。生きて帰るんだと。
雪渓を竹内さんを座らせてつえで引っ張っておろしたところ、その間休んだ形になるのでふたたび動けないのです。そして次は岩場でした(P30の1850m地点でしょうか)。私は彼女を生きて連れて行くことは到底できないと思いました。これが「範囲を超えている」と言ったことです。それでOさんに抜けると言ったのです。私も残って生き残れるかどうかまでは考えませんでした。彼女の息がなくなるまで見守ると言うことはしませんでしたので、見殺しにしたという意見がありますが言い訳はしません。世間知らずだったのでしょう。

こういうことがあってからガイドCに会ったので、つい「仕事をしてくれないと困る」と言ったのです。ガイドCは後ろめたい気持ちがあったので怒鳴られたと思ったのでしょうが私としてはそんなことを言われても心外です。

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