北海道大雪山系 トムラウシ山 大量遭難を考える。 考察⑬ ツアー契約の内容の確定について、トムラウシ分岐からのバラバラな下山について、ガイドの責任の注目点、

推敲が足らない記事でしたので、すこし内容を補いました。(9月18日 silvaplauna 追記)

今日(17日)、とある方からmailをいただき、その返信を書きながらあれこれと考えたのですが、基本的態度として、被害の重大さに目をとらわれることなく、また戸田様の証言のみに左右されることもなく、冷静に事故の本質を見極めていきたいものだとつくづく思いました。(もちろんこれは、ツアー会社の失態に目をつむり、ガイドを一方的に弁護するという意味ではありません。)

以下mailの返信内容に一部重なりますが、幾つか思った点を挙げておきます(以前と重複する点もあります)。

ツアー契約の内容の確定について、

以前の私のコメント(9月7日あたり)で、「至れり尽せりツアー」と「道案内ツアー」とに分けて説明を試みたことに関連して、ガイドが行う様々なサービスの内容を「義務的サービス」と「付加的なサービス」とに分けて考えるといった教示を受けました。

両者を私なりの意見で説明しますと、
義務的サービス・・ガイド業務の核心、例えば、道案内とか、危険なところを安全に通行する、悪天候時の行動は避ける、汚染された湧き水は飲用させない、等といった最低限の安全配慮義務と考えます。
付加的なサービス・・どれがこれに含まれるかは問題であるが、例えば、ツアー参加者各人の体調管理、天候に応じた適切な重ね着のアドバイス、行動食や、栄養補給、カロリー摂取などのアドバイスといったことはこの周辺的な安全配慮義務に区分されると考えられる・・もちろんこれはわたしの意見であり異論はあります。

そしてこの場合、ツアー契約上、本来は「付加的サービス」であるに過ぎないのに、ツアー客側が一方的に「義務的サービス」であると勘違いないし、誤解しているケースも想定できるということ。

また、マスコミがやはり、どちらかというと被害者側に肩を入れて事故を扱うので、ツアー会社側が、実際以上に悪者扱いされてしまう、さらに呼応する形でツアー客の側がその勘違いや誤解に基づいて、短絡的にアミューズトラベルを「サービス不足」であると過剰に批判してしまうことも考えられます。

※ただ、このように二分する考えについては、契約による義務の内容を単純に二つに区分できるものではないという批判や、どの義務をどちらに入れるかで単純に結果が違ってきてしまい、付加的義務とされる領域が増えて、結果的にガイドの責任逃れとなる結果をもたらしやすいとの批判も成り立ちます。その場合、二分するのではなく一つ一つの義務の内容と程度を個別に検討して確定して行くべきだとなろう。

※追補
さらに考えると、例えば生命に危険が起こらないような夏の低山で小雨程度の雨の中、レインコートを着るように勧めるのは、「付加的サービス」と考える。
しかし、低体温症が発症するような暴風雨の天候の中では、レインコートを着ることを勧めるのは、まさに生死にかかわるので「義務的サービス」となると考える。
要するに、状況状況に応じて、同じ行為が、その重要性の度合いを異にしてゆくのである。
とするならば、このような二分する考えは、あくまで一つの目安と考えるべきであろう。

トムラウシ分岐からのバラバラな下山について、・・ツアー登山に一般社会人山岳会並のチームワークは期待できないという点

個人的感想であるが、あのトムラウシ分岐から先のバラバラ下山も、社会人山岳会や、気の合う仲間同士のグループだったら、もっと助け合ったはずで、ああまでバラバラにはならなかったのかもと、いまさらながら思う。

以前、noho様か、どなたかからいただいたコメントに、ツアー登山では、個々のツアー客は、バラバラで仲間意識が少ないものであるというツアー登山の実態を指摘するコメントがあった。社会人山岳会や、気のあった仲間同士での登山グループならば、仲間に万一のことがあれば協力して救援する、バラバラに下山するなどもってのほかだが、ツアー登山では、メンバーはバラバラの寄せ集めであるので、あまり他人のことを気にかけていない、だからガイドがいなくなると行動がバラバラになりやすいという実態があるそうだ。

今回の事故でも、トムラウシ分岐から先は、ツアー客はそれぞれバラバラ状態で下山した(もちろん、多少なりと他のツアー仲間のケアをなさった方も居られるようだが・・)。そして結果としてそれは被害の拡大に寄与したものだと考える。

※ツアー参加者には横のつながりがないという点は、ツアー参加者の一人の戸田様が、他の方と連絡を取り合うこともなく孤軍奮闘なさっていることも例証となろう。

※バラバラになりやすいという点は、その分ガイドがしっかり統率力を発揮しなければならないという結論に導かれるだろう。

※契約という点でみるならば、ツアー登山は、ツアー会社と個々の参加者との個別契約の集積によって成り立っている。かたや、社会人山岳会での登山は、いわば「組合」的で、メンバー相互の結びつきによって成立していると解することができるだろう。 

※追補
バラバラになったとしても、ツアー客を互いに助け合わなかったと批判することは出来ないであろう。
ツアー客に相互を助け合わなければいけないといった義務(一般の社会人山岳会の仲間同士のそれ)を求めることは出来ないのではないか?
極論するならば、ツアー登山者に、見知らぬツアー仲間の安全を配慮する義務はない。・・と考えるがどうだろうか?

ガイドの責任の注目点、・・これは以前書いたことと重複します

①ツアーが想定するレベルの体力と経験を持った参加者ならば通常は問題がない天候状況で、ヒサゴ沼避難小屋を出発したのならばその判断をガイドは非難されるべきではない。(追補 もちろん、出発時に体調不良を申し出るものがいて、にもかかわらずその者を引き連れるというのは別論である。)

②出発後に突発的な、或いは不可抗力的な事態が、ツアー参加者に起こった場合も、ガイドへの非難は減少するはず。

・・具体的には、あの日の時点で、低体温症発症の予防的知識が、ガイド一般にどれほど期待されていたものであるかが鍵となり、「顧客の急激な体調悪化」の原因(低体温症)をガイドが予見するのをガイド一般の技量の見地から期待できたか、否かが鍵となる。

ガイドに(体調悪化の原因の)予見を期待するのは無理だったとなれば、ガイドの刑事責任は否定される筈。そこら辺をどう判断するかが、注目点となろう。

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