垂直志向から水平志向へ、

あの鏑木毅さんが、アメリカのトレイルレースで2位になったそうだ。100マイル(160キロ)も走るレースなのだそうである。
私には見当もつかない距離である。

私に見当がつくのは、無酸素で8000m峰に登ることとか、3000mの岩壁を、60数時間で登ることとか、そういったことなら登山記録を読んだこともあり、(自分に出来る出来ないにかかわらず)ある程度は見当がつく。

無酸素で8000m峰に挑戦することか、160キロのトレイルレースに出ることのどちらかを選べ、となると、これは迷うことなく、前者である。
そういう登山をやりたいと思って今までトレーニングを積んできたわけだし、たとえそこに死の危険が潜んでいようとも、登山を志したものならば、迷うことなく、無酸素での8000m峰登頂を希望するだろう。

ところで、ハセツネの元は、あの長谷川恒男氏が、ヒマラヤの壁を目指して奥多摩の山々でランニングトレーニングを積んだことにある(←この事実の真偽はともかくこれが公式見解である)。
長時間の有酸素運動が、心肺機能を高め、体力の増進にもつながるので、長距離のランニングがヒマラヤを目指すアルピニストのトレーニング方法のひとつというのは納得がゆく。また、アタックベースキャンプから、山頂を往復して戻るまで、酸素を吸っても24時間近くかかる場合があるといった事実を踏まえ、そのシュミレーションとしても意味もあったわけだ。

つまり、ハセツネのおおもとは、トレイルランニングでもなんでもなく、それはヒマラヤを目指したトレーニングであり、登頂シュミレーションである。
とすると、・・・本来、ハセツネの先にあるべきものは、8000mの無酸素登頂である。

ところが、現実はさにあらず、ハセツネの先に参加者が見るものは、ツール・ド・モンブランであり、アメリカ等のいろんな100マイルレースとなってしまっている。
と同時に、競技指向が強まり、今のハセツネはタイムレースとなってしまっている。・・本来は、完走(=ベースキャンプへの生還)に意味があったはずであるのに・・。
気がつくと、ハセツネはいつのまにか、国内最高峰のトレイルレースになってしまった。

アルピニズムが下火になっている時勢を受けて、ハセツネの役割は既に終わったものとして、潔く中止にするべきであったと考えるが、主催者はトレイルレースに活路を見出したかのように、中身を、トレイルレースへ変容させて、トレイルランニングのレースへと変化させてしまった。

これは、ひとりの人間になぞらえると、ヒマラヤの8000m峰の無酸素登頂を狙っていたものが、それは諦めて、アイゼンもピッケルもほっぽり出して、今度はアメリカの100マイルレースに出ることにした・・ようなものである。冬季に雪山に行くのをやめて、マラソン大会に出ることにした・・ようなものである。山岳部に入っていた学生が、陸上競技部に入り箱根駅伝を目指すようなもの、社会人山岳会に入っていたものが、ランニングクラブに入り、サブスリーを目指すようなものである。

衣替えに伴い参加者の価値観も変わってゆき、難しい穂高のルートを登った、深い雪のラッセルをしたなんていうことよりも、フルマラソンのタイムや、ウルトラマラソンのタイムの方が重要視される。キスリングを背負って丹沢の表尾根で歩荷トレーニングをした話よりも、月に何キロ走り込みをしたなんていうランナーに受ける話しの方が顔を利かせる。

参加者にとって「英雄」とされるのも海外のトレイルレースに出てよい成績を残している「トレイルランナー」の鏑木さんであり、石川弘樹さんである。

こんなふうに、今のハセツネはすっかりトレイルランニングの大会になってしまった。

たしかに、登山にとっても有酸素トレーニングは有効ではある。しかし、究極の目的が、ヒマラヤの8000m峰の登頂と、100マイルレースとではだいぶ違う。
無事に登頂して疲労でボロボロになってようやくベースキャンプに帰還するのと、多くの観客の喝采に包まれて華やかなゴールゲートをくぐるのとでは、やっていることがだいぶ異なろう・・。

鏑木さんには申し訳ないが、山が好きな私個人としては、無酸素で8000m峰に登ることのほうを選ぶ。
160キロのレースで2位に入賞することは偉大なことなのであろうが、山が好きな私は6000m、7000mといった高い山に興味はあるが、長く走ることにあまり魅力を感じないのである。

ひと言で言うと、ハセツネは、かって垂直志向であり、8000m峰登山のための大会であったが、いまはすっかり水平志向となり、長距離トレイルレースのための大会となっている。

ハセツネその他の国内トレイルレースで名をあげた鏑木さんや、石川弘樹さんは、ハセツネの倍以上の距離の海外のトレイルレースにでて活躍し、トレイルランナーの進むべき道を身をもって示されている。

けれど、そういったトレイルレースへの流れに違和感を感じ、流行に乗らない人たちも、確かに存在するのである。

Advertisements

Kommentare sind geschlossen.

%d Bloggern gefällt das: