批判的精神

宗教家と、哲学者の違いは、どこにあるか?
ひと言で答えるならば「批判的精神」の有無であろう。

インスピレーションを冷静に分析し、感覚で捉えたものを論理構成化しようとするのが、「哲学者」であり、一方、インスピレーションをそのまま受け入れ、恍惚の境地に浸るのが宗教家である。

もちろん、臨済禅のような禅宗には、批判的精神、論理的精神が読み取れるものもある。方や、現代には哲学者を名乗りつつも、中身は、宗教家まがいのものも存在する。

さらにあの、イエス=キリストは、ユダヤ教の痛烈な批判を行ったそうだ。
だとすると、このテーゼは間違っているのか?
あるいは、キリストは、そもそも宗教家ではないのかもしれない。

つまり、彼は後から、キリスト教の始祖に祭り上げられた・・と考えることもできるだろう。

それなら、こう言い換えよう・・

インスピレーションだけにとどまるのでは、単なる盲信であり、それは幼稚な宗教にとどまる。
批判的精神を内に秘めてこそ、インスピレーションが分析され、昇華され哲学にまで高められるのである。

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哲学者の批判的精神はとどまるところを知らず、彼は、その信じる神々を批判することさえも厭わないのである。

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