競技性のないトレイルランへの期待、再び

レースに出ない私がもっぱら実践しているのは(もっとも最近はあんまり走っていないけれどね)、いわゆる「競技性のないトレイルランニング」・・これを私はずっと昔から説いてきたが、世の中には、「はじめにレースありきのトレイルランニング」の方があまりに多い(圧倒的である)ので、これを説くのは半ば諦めかけていた。

そんなときにあの鏑木毅氏が、「レースとはまた違う本物のトレイルランニングを楽しめるイベント」を計画していると言う、しかも日程的にもあの信越五岳トレイルレースとバッティングする形でである。

これは楽しみですね。
信越五岳トレイルレースには、ハセツネへのアンチテーゼとしてこれからのトレイルレースの理想の形を模索しつつ、ひとつの答えを提示してくれるのを大いに期待しているけれど、その一方で、そもそも、レースを離れた「本物の」トレイルランニングを普及させたいという狙いにおいて、鏑木氏のイベントには、私個人の立場において非常に賛同するところがあります。(もっとも詳細な内容はまだ公開されていないんですが・・。)

競技性のないトレイルラン(鏑木氏が言うところの「本物のトレイルラン」)において、登山者や、ハイカーとの譲り合いや、協調の精神が生まれると期待しております。
レースなどに出なくってもトレイルランニングは楽しめるスポーツであり、むしろその楽しみ方の方がいつでもどこでも楽しめて、普遍性と通有性を持ったトレイルランニングの楽しみ方であると深く信じているのであります。

競技性のないトレイルランの長所

※自然を楽しむと言う、登山者や、ハイカーと同じ目的で山に入るのですから、価値観を共有することが出来ます。

※トレイルランナー相互の連帯感や、集団意識といった狭い仲間意識から抜け出せる筈です。

※レースにお祭り騒ぎのような精神的な昂揚感や興奮、仲間との一体感を求める人には物足りないでしょうが、そういう人は信越五岳のようなよくよく配慮され熟慮されたレースに出ること、或いはトレイルレースはもう止めて、フルマラソンやウルトラマラソンといったロードレースに転向なさるのをお勧めします。

※本物のトレイルランを実践する人が増えると、当然、相対的にトレイルランニングにおけるレースの役割は低下する。レースでの速さよりも、自然を愛し、自然を深く理解し語れることのほうがトレイルランナーの品格としてより重要視されることだろう。

Advertisements

Kommentare sind geschlossen.

%d Bloggern gefällt das: