ザイル仲間と、ソロ・クライム

奥多摩山岳会の秋山平三さんが執筆された昭文社の地図はお持ちだろうか?
高校生の頃、その地図を頼りに山登りをはじめた私にとって、地図に掲載されていた御前山の写真はとても格好がよく、御前山にたいそう憧れたものだ。

また、添付の小冊子には、12月初頭の雪降りしきる三頭山のことが書いてあり、先行パーティの焚き火にあたらせてもらいながら、ふと見ると山頂脇に「行け岳友よ、限りなき山の幸を求めて・・」という言葉が打ち付けられていたそうだ。

よくトレーニングで登っている日の出山の山頂には、「捨てるまい明日またここに友が来る」といった標語が書かれている。

現代のようなデジタル化した人間関係の中では、昔風のザイル仲間といった意識は少数派なのだろうけれども、山の仲間の付き合いの基本は、ザイル仲間だという点にあると考える。 そしてその外延にもっと広い意味での山仲間相互間の信頼関係があるように思う。

そんな山仲間相互にあるはずの信頼関係の存在を信じて、これからもささやかな山の幸を楽しんで行きたいと思っている。

山の仲間というのは、家族のようなもので、足りないところ、至らないところを補い合って互いに面倒を見てあげて仲良くやってゆくところがよいのだと、小西政継さんの本に書いてあった。

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その一方で、ソロ・クライミングも魅力的である。

どんなしょぼい岩でも、つまらない沢でも、すべてのピッチを独りで登れれば、最高の達成感、満足感を味わうことが出来る。
逆にどんな有名ルートでも、部分的にリードしただけならば、登れた満足感も半分にとどまる。

独りで、全部処理して登れたときの充実感がどんなものであるか、試しに独りで登ってみればよい。
はじめての冬山以上の経験となること請負である。

岩登りは仲間と登るものだという固定観念を払拭するところからソロは始まる。

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こんな風に仲間と行く山は楽しいし、独りで出かける山は充実している。

では、危険なルートで、ここ一発の大勝負、なんて時はどうするか・・?

そういうときは、やはり独りで行くことになるのかな、独りで行って登れないルートは、仲間と行ってもやはり登れないように思う。

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