興行主あってのトレイルランニング文化~競技志向のないトレイルランの薦め

興行主あってのトレイルランニング文化

現在、わが国では、トレイルランナー=トレイルレースを楽しむ人たちと言う図式が成り立っているので、トレイルランナーだけが、いくらトレイルランニングが文化として定着すればよい!とか言っても、ダメである。 

登山家が依存するのは、せいぜい、山小屋やガイドブック、地図ぐらいなものであるが、トレイルランナーは、イベンターが企画するトレイルレースに大きく依存しているからである。

つまり、トレイルランニングは、トレイルランナーだけでは成り立たず、レース主催者(興行主)がなくてはならない存在なのである。悪く言えば、イベンターにおんぶに抱っこされて、頭が上がらないのが、わが国のトレイルランナーである。

僕は、競技性のないトレイルランニングを提唱しているので、こういったイベンター(興行主)抜きでトレイルランニングを語ろうとしているのだが、大方のトレイルランナーはレースを楽しむ、レースという娯楽を楽しむ?方々であるので、そういう場合は、上に書いたような図式になる。

このように、レースに依存しているトレイルランナーは、その本質において、対価を払ってディズニーランドの各種アトラクションを楽しむ観光客とたいした違いはない。

そんなレースで名をはせた鏑木氏が、レースあっての鏑木氏が、興行主の存在に関してさほど言及しないでトレイルランニング文化を云々するのは、少々不正確かなと感じる。

要するに、今の日本で流行っているのは、イベンターあってのトレイルランニングだということだ。

・・今更のことなんだけれどね。

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さて、鏑木氏のブログには、群馬県のお仲間がいろいろとコメントしている。古くは、「東京近辺の丘レース」発言をした人や、今回の審判部の一件で都岳連関係者の批判とも受け取れるコメントをした人なんかがそうだ。(群馬県の方々は「我らがヒーロー鏑木氏」を侮辱されたので、きっと腹を立てているのであろう。)

鏑木氏はご自身では、暴言は書かないが、こういった取り巻きの方々が、いささか荒っぽいコメントを投稿して、鏑木氏が、それを修正せずに掲載しているところを見ると、まぁ、ひねくれた見方をするならば、身内の暴走?を止めることが出来ない?のかも知れない・・。

あまり、地元の取り巻き連の暴言コメントをそのままブログに掲載すると、鏑木氏ご自身の名誉、人気に傷がつくかも知れませんよ、と余計な心配として一応書いておこう。

さて、話はその先にあり、「東京近辺の丘レース」とか卑下して表現されて、いい気持ちがしないのは、高尾や、陣馬、みたけ山、青梅高水、ハセツネあたりのトレイルレースを主催しているイベンターの皆さんだろう。

こういった人たちが主催するレースは、かのトランスジャパンの主催者、岩瀬氏によっても、「里山レース」などとも表現された。(トランスジャパンの公式ブログでの、岩瀬氏の記事参照)

丘レースはともかく、里山レースはちょっと違うだろう・・と私も思う、ハセツネが里山レースであるならば、主催者の都岳連も、名称を「東京都里山連盟」と改めなければなるまい・・爆

この里山レース発言をした、岩瀬氏の本音がどこにあるかはわからないが、都岳連関係者の方々にしてみれば、ハセツネを里山レースと呼ばれては、けしていい気持ちはしないだろう。

こんな風に、これまで仲良く一枚岩と見られていた、トレイル関係者も、いろいろと水面下で、対立があるようである。

都岳連の内部で、山耐をトレイルレースと位置づけ推進してゆこうとする派 vs. 伝統的山岳競技へ戻そうとする派

今回の、審判の一件で、  東京都山岳連盟 vs. 群馬県の鏑木氏、その取り巻きの方々

里山レース発言で、    トランスジャパンの岩瀬氏 vs. 東京都山岳連盟

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東京都山岳連盟主催行事である日本山岳耐久レース(ハセツネ)の公式ホームページの掲示板も、何かと最近群馬県の方の意見の投稿が多いように見える。 まるで、群馬県山岳連盟の掲示板であるかのようだ(爆)。

私は、ご存知のように、都岳連の批判もしているので、都岳連の肩を持つ気はサラサラないが、やっぱり、群馬県の人が都岳連の山耐の掲示板に出張ってきてあれこれ書いては如何だろうと思う。

意見は意見であり、あくまでも、山耐をどうするかを決めるのは、東京都山岳連盟なのであるから、たくさん意見を書いていただいても群馬県の人の意見を聞く必要はサラサラないし、どんなに有名な方であろうとも鏑木氏の意見に従う必要も全くない。それどころか、都岳連関係者のなかには、山耐での群馬県関係者の行動に腹を立てている役員がいるように思える。だから、意外と、審判部の一件は、相当に根が深いのかもしれない。

山耐はじめ、東京周辺の各種丘レースで名をはせた鏑木氏、そのほか、群馬県の選手(トップ・トレイルランナー)たちが、そういったこれまでお世話になったレース関係者(主催者、イベンター)を離れて、コトをなそうと言い始めたのに、危機感や、背信行為を感じているのかもしれない。或いは、有名になったのは選手だけであり、その活躍の場を提供したイベンターが相変わらず日陰の存在であることに腹を立てているのかもしれない。

イベント主催者の人に言わせれば、トップトレイルランナーといえども、要するに、自分たちが作ったアトラクションの享受者に過ぎない、と言うことだろう。テレビで言うならば、あのSASUKEのように局が製作した番組のなかで、一番争いをしている参加者に過ぎないと言うことである。

さらに、言葉は悪いが、人寄せの道具・・であるに過ぎないのかもしれない。

だから、トップトレイルランナーと言うのは、一見華やかな存在、これまでの、トレイルランニングを牽引してきた素晴らしい人たちであるように見えるけれども、実は、イベンターの意見の代弁者であり、人寄せの道具であり、興行主の(使い捨ての)操り人形に過ぎないのかもしれない、ということだ。

そういった醒めた目で、彼らを眺めてみるのもたまにはよいことだと思う。

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追補

これからは、鏑木氏並みに、山耐で、7時間40分ぐらいを出せる若いトレイルランナーがどんどん出てくるだろう。
そういった若い人には、レースを離れたトレイルランニングをどんどん実行して、山の経験値を高めてもらいたいと思う。
レースにはあまり出なくっても、山耐優勝者よりも速いランナーがたくさんでてくればいいと思う。

彼らに期待することがもうひとつあって、けして、長いものには巻かれろ式に、有名選手に媚びへつらったりしないことだ。例え偏屈でも、生意気であっても、しっかりと自分の意見を持って、実行しているトレイルランナーがたくさんでてきて欲しいと思う。

興行主や、有名トレイルランナーから離れた独立系のトレイルランナーがたくさん出てきて、レースで華やかな有名選手の影響力、発言力、が薄れ、なくなってきたときに、ようやく、トレイルランニングが登山の、あるいはランニングの一潮流として、社会的にも認知されてくるのだろう。  文化となるのは、そのさらに先、50年、100年以上後の世の話であろう。

競技志向のないトレイルランの薦め

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