競技スポーツとしてのトレイルランニングはもはや「登山」の一形態ではない。

※ これは「甲武相山の旅」にて、2008年8月16日に書いた記事です。書いたときの意図に沿って若干題名を変更します。

今まで、僕はトレイルランは登山の一形態であると考えて、ここでもそういった論調で幾つかの記事を書いてきたけれども、素直に、「トレイルランは登山の一形態ではない。」と認めたほうが、いろいろなことの説明が容易となって、そのほうがよいのではないかなと思うようになった。

1 まず、今流行っているトレイルランは、トレイルの大会と密接不可分であり、トレイルランナーは、出場する大会を基軸をおいて一年を送る。登山家はこういった、思考方法をとらない。

2 また、有名トレイルランナーの経歴を紐解くと、駅伝選手あがりであるとか、実業団の選手であったとか、国体山岳縦走競技の選手であったとか、登山家の経歴に似つかわしくない競技者(ランナー)としての経歴である。

3 実際に、トレイルランを楽しむ選手も、市民アスリートで、フルマラソンや、ウルトラマラソンに出て、走ることに長けている人がほとんどである。「(山を)登る」ことに長けているのではなく、「走ること」に長けているのである。

4 選手の意識としても、コース上の自然よりも①タイムや、②順位を意識するところが、登山と異なる。

5 また、レースに参加してはじめて、トレイルランは意味を持つようだ。トレイルランナーの実力証明の機能をもつものとしてレースが位置づけられている。

6 市民アスリートの、ブログと、登山家のブログとでは、書かれている内容がまるで違っている。 方や、レースの話が主体であり、方や、山や、岩、山野草の話である。

7 実際の話し、今年のTJARで優勝した田中正人氏には、登山家の「臭い」を感じない。彼の本質はアスリートだろう。もちろん、アスリートが、山を語ることもありうるが、やはり、登山家が語るそれとは、視点が違うだろう。

8 同じように、鏑木氏にも、登山家の「臭い」を感じない。

9 また、トレイルランをテーマにブログを書いているほとんどの方に、登山家の「臭い」を感じない。素直に読み込むと、正体は登山家というよりもランナーであり、市民アスリートの「臭い」をより多く感じる。

こんな風なことを考えると、素直に、今わが国で流行っている「トレイルラン」は競技スポーツとしてのそれであり従来からある純粋な登山とは別物である、と認めたほうが無理がこないだろう。

今までの私のように、無理やり、トレイルランは登山の一形態であると考えると、トレイルランナーと、登山家とのあまりの、意識の違いに、いろんなことに無理が生じて、また説明不能に陥る。

・・こんな風に、最近は、今流行の「トレイルラン」は登山ではない、と考えるようになった。
登山と、トレイルランとは、フィールドを同じくするが、違った営為である。

また、こう考えると、トレイルランの商業化というのも理解できて、諦めがつく。

・・というわけで、山岳を愛好する者としては、そろそろトレイルランナーたちへ差し伸べた手を引っ込めてもいいのではないか?と考えるようになった。むしろ、積極的に、自然保護、登山道保護の立場から、競技スポーツとしてのトレイルラン、山で行われるトレイル大会へ厳しい視線をあてるべきではなかろうか?

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