Sub Eight

ロードランナーのポテンシャル

トレイルランニングにおいても、(残念ながら)レース志向の強い方が多いようですので、それならば!・・ということで、日本の一流選手(マラソンランナー)が、山耐を走ると、どのようになるか?・・推測ですが記事にしておきます。

20代、30代の健康な若い男性がどれほど頑張っても、有酸素運動能力の素質、(天賦の)才能が高い方には、やはりかなわないということです。

ですので、ごくごく普通の方が、あまりタイムばかり追求しても、行き着く先は見えているように思います。
やがて、サブ12なんていうのは、「当たり前」となり、サブ10とかでようやく一人前となりましょう・・。
でも、そんな風にタイムを追求することに、どれほどの意味があるのか?

何のために山を走っているのか?

いいタイムを追求して、一人前のトレイルランナーとして自他共に認められたいからなのか?

・・では、タイムが遅いトレイルランナーは、半人前であり、ろくでなしなのか?

確かに、トレイルランニングは 安全 であり、クライミングなどと違って、死ぬような危険もまずありません、

でも、あくなきタイム追求をしても、主観的な価値(自己満足)にしかならないように思います。

たとえば、サブスリーのランナーは、一般レベルでは、速い部類に入るのでしょうが、
オリンピックに出られるほどのエリートでもありません。

登山は、タイムではなく・・各人それぞれの楽しみ方次第です。
レース志向一辺倒、タイム志向一辺倒は、自然の豊かな登山道を走るトレイルランの「何か」を見失わせているように感じます。

ではなぜ、レース志向、タイム志向から脱却できないか?というと、雑誌などで紹介される著名トレイルランナーの肩書きには、かくかくしかじかのレースで何位をとったとか、著名トレイルランナー イコール レースでいい成績をとった選手 という図式があるからでしょうね。

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(以下本題です・・)

ロードランニングとトレイルランニングとは似て非なるものである、と考えるのが私の立場なのですが、ロードの選手には、有酸素運動能力の高い素質、才能をもった方が多いのは事実であり、もしトップクラスのマラソンランナーがトレイルに転向するとどうなるか?というのをすこし考えておきます。

まず、大雑把なマラソンのタイムと山耐のタイムの相関性を示します・・。

フルマラソン 3時間30分 → 浅間峠 3時間40分~45分 → ゴール サブ12
フルマラソン 3時間15分 → 浅間峠 3時間20分~25分 → ゴール サブ11
フルマラソン 3時間00分 → 浅間峠 3時間00分~05分 → ゴール サブ10
フルマラソン 2時間45分 → 浅間峠 2時間40分~45分 → ゴール サブ9
フルマラソン 2時間30分 → 浅間峠 2時間20分~25分 → ゴール サブ8
フルマラソン 2時間15分 → 浅間峠 2時間00分~05分 → ゴール サブ7

例 サブ7の区間タイム配分

スタート→浅間峠
420÷3.25=129 約2時間9分

浅間峠→月夜見第二
122.55   約2時間3分

月夜見第二→ゴール
420-129-122.55=168.45 約2時間48分
cf. 去年の優勝者はこの区間2時間50分・・あながち無理なタイムではない。

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こんな風に、フルマラソン2時間15分の選手ならば、ハセツネで、6時間台を実現できると考えられます。
(日本に、フルマラソン2時間15分以上の選手は、何人ぐらいいるのでしょうか?)
日本のトップアスリートのレベルは、既にハセツネ6時間台であり、ただ、彼らがこのレースに出てこないだけの話なのだと考えます。

現在は、いろんな意味で商業的に成功したトレイルランナーにのみスポットが当てられてしまっているけれど、レースには出ないが、現在のトップトレイルランナーをはるかに凌ぐ実力を蓄えたアスリートが、ロードのランナーのなかに、実業団選手のなかに存在していることを、認識するべきでしょう。

要するに、「トレイル市場」に出てこないアスリートがたくさんいるというわけです。商業的に成功したトレイルランナーのみからなる現在のトレイル市場は、作られた市場であるということができ、ある意味、それは閉鎖的な世界に近いものといえましょう。

トレイルランニングはトレイルランナーのものという考えはやめて、トレイル市場をロードランナーにも開かれた市場にしてゆけば、トレイルランニングのレベルが一気に高まることでしょう。

レースはある意味、実力の世界ですから、フルマラソンで2時間15分以内の選手が、ある年に突然、ハセツネに出場して、断トツ6時間台の記録で完走して、2位と30分以上のタイム差を出してしまう事だって、十分に考えられるわけです。

特定少数の限られたトレイルランナーが毎回レースに出て、その中の誰かしらがいつも優勝するというのでは、きわめて閉鎖的なイメージとなり、トレイルランニングという競技自体の衰退をもたらすことでしょう。

Geschrieben von silvaplauna

Februar 16, 2009 um 2:24 pm